中野三敏『和本の海へ―豊饒の江戸文化』角川選書(角川学芸出版)(2009.02.10初版発行)
江戸時代の「和本」を単なる趣味的に紹介している本ではない。
「まえがき」にあたる「和本の海へ」の章に、本書の意図が明確に記されている。
「和本リテラシーそのものを回復」させるためには「何は扨置き、和本の持つ面白さや豊かさに目を向ける、ほんの一寸した興味を持つことが何よりも重大なのである。本書編纂の企てはまさにその点にある。」(14頁)
「和本リテラシー」というのは、活字化されていない(変体がなと草書体漢字で書かれた)和本の読解力であり、「江戸人の想念と情念の凡てを理解し感得しようとする能力の練磨」(7頁)である。
では、なぜ「和本リテラシー」が必要なのか。
平成に入り「戦後の近代主義的江戸理解を排したうえでの、江戸に即した江戸理解の必要性に漸く目覚めた」(12頁)のであり「江戸は近代とは違うという事、その違いを見定めた上で、近代が見落としてきたものを活かして行く所に本当の近代の成熟がある、ということに初めて気がついた」(12頁)からである。
そして「江戸に即した江戸理解の為の最も基本的な手段は江戸文化のインフラそのものである“和本”に通じることしか、まずはあり得ない。」(12頁)からである。
しかし、活字化された和本は「一%ほど」もなく、今後の活字化を待つよりも「和本リテラシーそのものを回復するに越したことはない。」(14頁)ということである。
ということだが、拾い読み。
ちなみに、
「江戸の武士から庶民まで、時代を彩った多彩な生活の場面を、人々の愛用した和本から読み解く。和本のうち、活字になっているものは文学を中心にして1パーセント足らずであり、活字にならなかった多くの本にこそ、江戸に暮らした人々の生活が見えてくる。江戸文化の様々な局面を、動物、賭博、易占、言葉遊び、印譜、春本、武家作法などに関する和本から照射する。豊かな文化を見つめ直すための格好の案内書。」(裏表紙の紹介文より)
主に「彷書月刊」誌に連載した「和本入門」を基に補記・訂正を施し、書き下ろしも加えてもの。
メモ書き。
●(「学知の基本を西洋の学に置く」(9頁))「そのような明治以来の学問の世界で、唯一、自前で、西洋の学問と相拮抗するだけの成果を示し得ていたのは、契沖・宣長以来の実証主義的な伝統に支えられた国文・国史の学であった。」(10頁)
●「持ったが病」(15頁):なまじ(金や子供を)持ったために苦労や悩みが生じること。
| 固定リンク
« ウイリアム・ブロード ニコラス・ウェイド著 牧野賢治訳『背信の科学者たち 論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』講談社(2006.11.20発行)(ブルーバックス B-1535) | トップページ | 円満字二郎『漢和辞典に訊け!』筑摩書房(ちくま新書756)、2008年12月10日初版発行 »

コメント