ウイリアム・ブロード ニコラス・ウェイド著 牧野賢治訳『背信の科学者たち 論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』講談社(2006.11.20発行)(ブルーバックス B-1535)
日本における近年の、大学や研究機関での不祥事の多発を浮けて、旧版(化学同人刊、1988年)を「読みやすい「ブルーバックス版」として形を改めて再出版」(「訳者序文」5頁)したものだそうだ。
原書は、次の通り。
William Broad and Nicholas Wade, 1982, "Betrayers of the Truth: Fraud and Deceit in the Halls of Science"
「科学者は合理的な考えだけで基づくものでもなく、また、合理的な考えは科学者だけがもっているものでもない」(12頁)ということが主張の中心である。
「ミスコンダクト問題を追っていると、そもそも科学者とは何者か、という根源的な疑問に突き当たらざるをえない。そしてその答えは、「科学者は、人間としては特別な存在ではない」という当たり前の結論に行きつく。科学者はときに、魔術師であり、手品師であり、万能の力をもっているかのごとくに振る舞うが、実際はそうではない。その力は限られており、人間としても普通の弱い存在である。」(「訳者あとがき」345頁)
データ捏造や改ざん、他人の研究や論文の盗用などの「ミスコンダクト」は、近年に始まったことではなく、プトレマイオス、ガリレオ、ニュートン、メンデルなども行っており、「データへのあいまいな態度は、西洋の実験科学において最初から存在していた」(43-44頁)という。
「虚偽はわれわれが考えるよりはるかに多いものであることを歴史が示している。データを改良することで、他人に対して、より説得力を持たせようとした科学者たちは、自分自身に対しては、心理を広めるために行ったのだと自分自身を偽っていたに違いない。しかし、科学研究におけるこれまでのさまざまな偽りの真の動機は、個人的な野心とその追求、およびダーウィンが指摘する“安物の名誉”の追求から生じたものがほとんどであり、真理への関心から生じたものはずっと少ないように思われる。」(56-57頁)
「科学の客観性」について次のような記述がある。
「科学者はその時代の社会一般の定説を信じ、それを“科学的”に、つまり、客観的な実験という科学的方法によって証明しようとはするが、現実には、データを調べている間に、最初の仮説を支持するデータを無意識に選んでいることが多いのである。そして、仮説は実証されたものとして、公表されるのである。その論拠は常にデータから結論へのまっすぐな線のように示されるが、実際には、結論からその結論が導き出されたデータへ、そして再び結論へ戻るという循環過程をたどっているのである。」(272-273頁)
「科学的客観性」の無意味さの例として「知能指数(IQ)」の「幻想」が挙げられている。
知能検査を考案したフランスのビネが設けた「三つの基本原則」が「アメリカの心理学者によって一貫して無視され、悪用された」(275頁)という。
「三つの基本原則」というのは次の三つだそうだ。
「ビネの原則① 得点は生まれつきのもの、あるいは永久的なものを何ら明確にするものではない。
原則② 得点等級は学習障害のある子供を見極め、助けるための大まかな指針であり、普通の子供たちを測るものではない。
原則③ 低い得点は子供の知能が生まれつき劣っていることを意味しない。」(275頁)
なぜ、「ミスコンダクト」を防げないのか。
「そもそも論文審査の主目的はミスコンダクトの発見ではない。ミスコンダクトはないとして、論文内容を評価するのである。」(「訳者解説」334頁)
メモ
○(研究)「雑誌急増の最大の理由は論文発表における本質的な変化、つまり、質より量重視の姿勢である。今日、科学者の多くは、また彼らが発表する論文のほとんどは二流以下であると言っても過言ではない。」(81頁)
○「引用文献の分析を行ったコールらは、科学論文の多くは引用文献として一度も引用されていないことをあげ、「私たちが報告したデータから、科学者の数を減らしても科学の進歩の速度は変わらないといいう暫定的な結論が導かれる」と書いている。」(83頁)
○「一般に、科学研究に大きな影響を与えている問題は科学論文の過剰生産ということである。あまりにも多くの科学論文が発表されすぎており、その大部分が価値のないものであり、科学の伝達システムを乱しているのである。つまり、優れた研究が目にとまるのを妨げ、偽りの研究が審査の目から免れるのを助けるのだ。」(310頁)
○(量子力学の創始者であるドイツの物理学者マックス・プランク)「彼は有名な一節の中で、科学における古い考えは、それに固執する人びとと共に滅びると言明した。」(210頁)
| 固定リンク
« 川村二郎『孤高 国語学者 大野晋の生涯』東京書籍(2009.09.11初版発行) | トップページ | 中野三敏『和本の海へ―豊饒の江戸文化』角川選書(角川学芸出版)(2009.02.10初版発行) »

コメント