田中克彦(著者)・安田敏朗/土屋礼子(聞き手)『言語学の戦後 田中克彦が語る①』三元社、2008.10.31初版発行
「田中克彦先生に若手研究者がインタビューするというかたちで、田中先生がたどってこられた戦後の言語学に関するよもやま話をまとめて記録できたら、という企画」(「まえがき」i頁)から出来た本。
この1巻は、「安田敏朗さん」に「国語学と言語学の研究を中心に」「インタビュー」(「まえがき」ii頁)してもらったものをまとめたもの。
一応、「とても活字にはできないような内容を含んだ冗長な対談原稿を三元社の石田さんがばっさりと編集」(「まえがき」ii-iii頁)ということだが、なかなか文脈が辿りにくく、また予め当時の言語学や国語学の状況や知識また人間関係が分かっていないと、すんなりとは理解しにくいところが多い。
「質問者によるあとがき 安田敏朗」に、「話の流れ」の「要点」が書かれている。
「大きな目標:学問体系の生成過程。言語とはなにか。
①「戦後日本における言語学の状況」をめぐって
→服部四郎論、時枝誠記論を媒介として、言語学論、国語学論へ。
②「天皇制の言語学的考察」をめぐって
→亀井孝を媒介に、社会言語学論へ。
③「学問とはなにか、科学とは何か。」(190頁)
さらに、
「言語学、国語学あるいは社会言語学について知らない方が読んでも面白いのかどうかわからないが、ひとりの研究者がどのように格闘しながらその学問をつくりあげてきたのか、という過程を垣間見ることができる。」(192頁)
というのは、まさにその通りであろう。
本書の後半には、対談で取り上げられた「戦後日本における言語学の状況」(田中克彦著、『文学』一九六八年九月号)、「天皇制の言語学的考察」(亀井孝/寺杣正夫 『中央公論』一九七四年八月号)(亀井孝によるドイツ語原著、田中克彦翻訳要約、)、「言語学と言語的事実」(田中克彦著、『思想』一九七二年二月号)が収められている。
いつものメモ書き。
○「田中 (中略)つまり、あまりにもコントラストが強すぎなんだよ。服部さんとか、橋本進吉だのに対照させてみると、時枝さんはわりと俗っぽいんじゃない。国語教育学会とか、国語教育とか、そういう俗世のことにコミットしていくからね。それは、たぶん京城で培われたんだろうと思うんだよ。」(7-8頁)
○「田中 (中略)彼(引用者注:亀井孝)、一番論争したのはね、高島善哉(1904-1990)だと言っていた。勤労奉仕で教職員もイモ掘りに行ったそうだ。そんなとき高島善哉に、「あんたやってる実証主義は、学問じゃない」って。それで、「じゃあ、学問てなんですか」って言ったらね、高島善哉は、こう言ったんだって。「亀井君、学問マイナス理論が実証主義だよ」って。」(40-41頁)
○「田中 (中略)で、小林英夫って人は、翻訳ばっかりやってて。で、なんにもオリジナルがないとばかにする人がいるけど、亀井さんは、ソシュールの翻訳ではずい分協力したみたい。聞いてみるとほとんど共訳みたいなものだ。」(46頁)
○「安田 立場上発言は控えておきます。ただ言語社会研究科っていう名称から、学生が言語社会学というものがここにあるかのごとく錯覚しちゃうんですよ。名称というのは非常に深いものですからね。何もないんですよね。何があるんだろう。」(86-87頁)
●「言語学する」:「田中 (中略)ところが、言語学は、たいていのことで実験できないから、科学になる条件を奪われてるわけ。それで、なぜ実験できないかって言うと、これは人間の行為ってのは基本的に一回的、個別的なものでね。言語学する中で、この問題を持ち出したのはシュピッツアーの本ね、なんて題だったかな、『言語学における実証主義と観念主義』かな。」(95-96頁)
●(引用者注:発言者「田中」)「だから、言語学ってのはこういうふうに言えばいいと思う。人間のつくり出した文化を扱う科学の中で、最も自然科学になろうとして絶え間なく努力して来て、決してそうはなれないのに、自分が最も科学的な方法に基づいていると思い込んでいる科学であると、こう言えばどうなんだろう。」(98頁)
○「田中 (中略)言語に即して最もおもしろいのが規範の問題。「今のこの日本の最もいい文章を守る」とゆってる、文壇ボスともね。じつのところ彼らはそれによって言語的抑圧の根拠を作り出すという点で国家の手先だもんね。」(101-102頁)
●「田中 (中略)国語学という領域は学問的にだけではなく教育行政においてもすごい支配力を持ち、国の権威を背負った学問体系だからね。」(102頁)
誤植??
「田中 しないね。というもの、心底理解してあげるほどの体系性があるのかどうかね。」(9頁)
「思ちゃった」(36頁)
「田中 (中略)小平の土地を社会学部が全部貰ってね、あそこにすごいいい研究所つくればいいって、ゆった。」(84-85頁)
「レッテルにさえなったいる。」(130頁)
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