« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月20日 (月)

津田恒之『牛と日本人―牛の文化史の試み―』東北大学出版会(2001.9.4初版発行)

Dsc08081 「どのような動物として牛は日本に存在してきたのか、それを探ってみたのが本書である。」(「はじめに」11頁)
 
 目次をざっと見ると、
 「第Ⅰ章 ウシの出現と家畜化」
 「第Ⅱ章 日本のウシの始まり」(野牛の渡来と絶滅、和牛の祖先、わが国への家畜牛渡来のルート)
 「第Ⅲ章 牛の用途」(犠牲獣、役利用、乳牛と牛乳、肉食と肉牛、ふん尿の利用、と体から得られる多様な製品)
 「第Ⅳ章 神々と牛」(人と動物、牛と神道・仏教、牛と宗教と日本人)
 「第Ⅴ章 牛と人間のこれから」(クローン動物、環境問題、動物愛護など)
 「補論 牛のかかわるさまざまな話」(説話の中の牛、民話の中の牛、牛と民俗・文芸、牛と玩具、闘牛)
 
 内容としては、『和牛おもしろ雑話』や『うし小百科』と一部重なりはするが、より広範な内容を専門的、学術的、正確・詳細に記述している。
 
 著者は、家畜生理学の専門家で、「自然科学者」であるが、「日本人は牛をどのように使い、どのように考えてきたのかを調べてみたいと」思い立ち、停年後、文献を調べまとめたもの(「あとがき」より)だそうだ。
 
 「一介の自然科学者が人文学的な分野のことについて書くのは無謀に近いものであった」(「あとがき」273頁)とあるが、参考文献もとても充実しており、「人文学的な分野」では素人とは言いながらも、さすが「研究者」が書いた本だけあり、参考文献も充実しており、索引も付されており、しっかりした学術書と言えるであろう。
 
 
 
●メモ書き。

○「ウシは一日に六~一〇時間、平均八時間ほど反芻している。夜など暗く、静かな時間帯に反芻することが多い。反芻は睡眠(徐波睡眠)中にも生ずる」(28-29頁)
 
○「だ液分泌量は体重一キログラムあたり人間の約一〇倍である。一日量で人間は一~二リットルだが、ウシは一〇〇~一八〇リットルも分泌する。ヒトでは食事や何かを食べた時にだ液の分泌量が増すが、ウシはえさを食べたときも分泌は増すが、それ以外の時にも絶えず分泌されていて一日中、ときれることがない。ヒトのだ液はほぼ中性であるのに、ウシのはアルカリ性(八・一~八・八)である。この理由は、絶え間なく続いている反芻胃内の発酵で、揮発性脂肪酸が生成され、胃内容が酸性に傾くのを、アルカリ性のだ液を分泌して中和し、中性近くに保ち、発酵をうまく継続させるための仕組みである。」(30-31頁)
 
○「親牛は単なる愛情の表現としてだけでなく、ある実際的な目的のために子牛をなめていることになる。」(72頁)(牛の反芻胃の中のいる「プロトゾア」という原生動物は他の微生物とともに飼料を消化する役割を担っているが、体外ではすぐに死滅してしまうので、飼料や空気から体内に入ることはなく、親から移してもらうしか方法がない。)「親の口内にあった胃内容中のプロトゾアが、子に移り、飲み込まれ、子の胃内で増殖を始める。」(72頁)
 
○「牛は火を嫌い、火に敏感」(153頁)
 
○「牛一頭からのふん排せつ量は人間一九〇人分、尿は六人分、ふん尿合わせて計算すると三〇人分と換算されている。牛の総頭数五〇〇万頭を掛けると、一億五〇〇〇万人分という日本の總人口以上のふん尿が排せつされていることになる。」(188-189頁)
 
〔牛と説話〕
○「今まで述べてきた説話の中で、牛はさまざまな形で取り扱われている。前世の罪業の報いのために、現世で牛になり、苦しみを得て、やがて解放される牛(人)、仏の使いとして神聖な牛、生き物としての力強い牛、争う牛もいれば、あるいは食べられる牛、乳を出す牛の話も出てくる。外国にあるような、たけだけしい牛の話は、あまり出て来ず、湿潤な国土に住む日本人の感性を秘めた話が多いようである。」(216頁)
政府刊行白書、Yahoo!知恵袋、国会会議録、一般書籍からそれぞれ抽出したサンプル(8821件、約2400万語)の4種類のデータです。これらのすべてについて、著作権者から利用を許諾していただいています。

〔日本への移入〕
○「五世紀には牛が家畜として飼育されていた」(37頁)
○「縄文時代の後期、晩期(前二〇〇〇~前一〇〇〇年)に、日本に牛が居たことになる。ただし、これらの動物が家畜としての飼い牛であったか、野生のものかについては明らかではない。」(38頁)
○「最近の遺伝子分析の手法により、日本の在来牛の遺伝子構成を世界各地のものと比べてみると、インド系牛種より欧州系牛種にはるかに近縁であることがわかった。このことから西ヨーロッパから東北アジアにかけ、ユーラシア大陸中北部を東西にのびる原牛系の牛の飼育地帯から朝鮮半島を経て、我が国に牛が移入されたものであると考えることができる。」(40-41頁)
○「我が国への乳専用の乳牛の渡来は徳川吉宗の時代、享保十三年(一七二八)に、インドから白牛が輸入され、房州長狭郡細野村の嶺岡牧(現千葉県嶺岡)で飼育された。(中略)実際には当時、通商関係のあったオランダから輸入された乳用短角種ではないかとの説がある。(中略)一方、白黒の毛色のホルスタイン種はオランダが原産で、その最初の輸入は明示十八年(一八八五)とされている。」(75頁)
 
〔牛と食〕
○「(上略)正史である「日本書紀」が初代天皇の肉食を認めているのは重要であると強調している。これらの古文書から、我が国でもかなり古い時代から種々の階層の人々が牛肉を食べていたことが分かる。」(47頁)
○「日本人が明治維新前は肉食をせず、あるいは好まなかったのは、このような禁令による、あるいは宗教的な事情のみによるものではない。既に述べたように、風土的に牛を飼養しなくても必要な食料を生産できたし、かつ有畜農場を助長するような政策も執られなかったことによる影響も大きい。」(104頁)
 
 
〔牛の地名〕
○「北海道などに多く見られる「牛」のついた地名(妹背牛、伊香牛など)の「牛」は、アイヌ語の「……するところ」の意味である。妹背牛は「イラクサが群生するところ」、あるいは「草を刈るところ」であり、伊香牛は「越すところ」で、石狩川の渡河地点の一つである。東北地方にもある附馬牛、六角牛、切牛などの地名も、アイヌ語に由来する地名で、動物の「牛」とは関係がない(谷川 一九九八)。」(244頁)(「谷川健一、続日本の地名 岩波新書 五五九、岩波書店、一九九八」(282頁))
 
 
●誤植? 誤植ではないがなぜ旧字体?
「再ぴ」(28頁)
「總人口」(188頁)
「犬舍」(194頁)
「檢討」(200頁)
 
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月13日 (月)

谷崎光『今日も、北京てなもんや暮らし』飛鳥新社、2009.5.20初版発行

Dsc08150 谷崎光のエッセイ集の最新刊。
 
 北京オリンピックの際の北京の町の裏話、中国各地のビックリ話、汚職や騙しなどなど、筆者の体験を基に、ありのままの中国の姿を描いた、とても面白いエッセイ。
 
 「目次」を紹介しておく。
-------------------------------------
  Ⅰ 奇天烈、中国人の思想と行動
     香港、海外傷害険にたかる医者
     中国人、鉛筆二刀流の謎
     売り飛ばされる電話番号
     中国人の二枚舌
     すさまじい中国人の逆ギレ―郵便局で不正摘発の巻
     郵便局で汚職摘発、その後
     中国人、職場の人間関係が複雑なわけ
     中国人の行動予測―涙の新聞配達編
     カワイイ中国人運転手さん
  Ⅱ 中国人ジョーク、爆笑三篇
     パリ・紅灯区の中国人
     外国人と中国人
     砂漠の中国人
  Ⅲ 人売りもある、中国社会の闇
     四合院の泥棒学校―中国社会の闇1
     百花繚乱の特殊経済村―中国社会の闇2
     人販子―中国社会の闇3
     北京の秋葉原、騙しのテクニック
     マカオで汚職官僚を探せ!
  Ⅳ 北京五輪、てなもんや取材&参観記
     北京五輪、てなもんや参観記
     北京五輪は共産党プロデュースのアクション映画?
     「テロ対策」不景気
     中国、次の「皇帝」は?
     北京五輪の決算書
  Ⅴ 北京と私と日本人
     中国駐在員哀歌
     北京で本当にあった怖い話
     貧しくなった日本人
     私の中国食品自衛法
     北京の日本人、上海の日本人
-------------------------------------


 初出は「プレジデント Online Special!」の連載「赤裸々中国」等のほか、書き下ろしも多く含まれている。
 
 著者のブログ「谷崎光ブログ 中国てなもんや日記」(http://blog.goo.ne.jp/tanizakihikari)でも取り上げている話題もある。
 
 しかし、同じ(似たような)内容でも、何度読んでも興味深く面白いし、やはり書籍の形で読むほうが落ち着いて楽しく読める。
 
 是非、ご一読を。
 
 
メモ書き
○「なぜゆえ」:「なぜゆえ、たかが道案内や観光客の軽病のために大学生に総動員をかけ町に配置させているのか。」(154頁)
○「ものすごい日本」:「世界中をまるでフーテンの寅さんのように歩き、最後までその生命をまっとうする、生産ライン。なんだかものすごい日本である。」(191頁)
○「そう」:「もちろん在住者や日本人旅行者が多い上海のほうがおいしい話はあるのだろうが競争も激しいし、日本人間の騙し合い(!)もあるそう。しかし、何につけても「おしゃれ」という点では上海に軍配が上がる。」(221頁)
 
●「かのビル・ゲイツもおっしゃっている。
  「君が『起業』をしたいと思うなら成功はないだろう。私はソフトウェアの開発がしたかったんだ」って。
  そもそも、他人に言われてやる人は起業には向いていない。」(220-221頁)
 
 
 
 Dsc08150

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 6日 (月)

栗田奏二編『うし小百科』博品館、1996.12.15初版発行

 Dsc08080 「《うし》の神話や伝承に、考古学や家畜動物学の新しい成果も入れて、ここに本格的な《うしの本》が刊行された」(「編者のことば」171頁)とのことである。
 
 「1章 牛の歴史」(各言語での牛の呼称、生物学的な牛の分類・種類、人類と牛の関わりの起源・歴史、牛の概念―東西文明の違い、日本の牛の由来、日本の現在の牛種)
 「2章 神話伝説」(牛が題材の各国の神話伝説、牛が出てくる日本古典)
 「3章 詩歌の牛」(牛が題材となっている漢詩や俳句)
 「4章 禅と十牛」(禅の「十牛の図」の解釈)
 「5章 故事俚諺」(牛に関連する故事・俚諺・俗説)
 「6章 牛にちなむ雑話」(牛が登場する日本や中国の様々な歴史的な話)
 「7章 牛拾遺」(「うし」の語源の諸説など)
 「8章 牛にちなむ動物と植物」(「うし」の名称が一部入っている植物や動物)
 「補遺」(『和漢三才図会』の「牛」の項目)
 
 何か参考文献があると推測されるが、示されていない。
 
 
メモ書き
○「わが国には縄文時代の遺跡から牛の骨が出土されている。古代国家の形成期には牛が農耕と運搬に使われていたのは確かなようだ。神話時代の頃すでに飼牛が存在していたことは、『古事記』をはじめ種々の記録によって知りうるけれども、それがいかなる種類のものであったかは、もとより茫漠として知る由もない。おそらく民族の移住とともにアジア大陸もしくは南方より移入されてきたものである。」(6頁)
 
○「日本牛が日本固有の土着のものでないことは各学者の一致するところであるが、果たしていつの時代どこから移入されたものであるかは詳らかでない。(中略)今日の日本牛として耕耘に従い、肉用に供せられる牛は、かならずや中国牛もしくは朝鮮牛の系統を引いたものでなければならない。(中略)近江牛の繁殖は王朝以来の中国との交流の後と見るのがいたって当然である。」(34頁)
 
○「この間にあって脇目もふらずに、守るべきを守り、行くべきに行って、千里を遠しとしない牛の悠揚は、さながら群小を睥睨する王者の趣がある。仏家のある者が十牛を図録して、修養の経路を諷したのは大いに味わうべきことである。」(79頁)
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »