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2009年5月25日 (月)

水村美笛『本格小説(上)』新潮文庫(2005.12.01初版発行)、同『本格小説(下)』新潮文庫(2005.12.01初版発行)

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 水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』筑摩書房(2008.10.31初版発行)(http://book-read.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/20081031-70b9.html)で、作者に興味を持ち、読んでみた。
 
 確かに「本格小説」と名乗るだけあって、読み応えがある、「本格」的な小説である。こうした小説が、日本でも、今後とも続いてほしいものだ。
 
 どっぷりと、日本の「近代文学」に漬かっているという印象を受けた。しかし、単にそれだけではなく、西欧のロマンス文学の影響も大変濃いようだ。
 
 「ヒースの生えたヨークシャーの荒野を舞台にしたもので、今から百五十年以上も前にE・Bという英国人の女の作家によって書かれ、次第に世界の大古典とみなされるようになった小説である。そもそもその小説をくり返し読んでいたからこそ、東太郎の話を聞いたとたん、まるで「小説のような話」だと私が思ったのにちがいなかった。」(上・225頁)
 (ちなみに、エミリー・ブロンテ、河島弘美(訳)2004『嵐が丘(上)』岩波文庫(2004.2.17初版発行) エミリー・ブロンテ、河島弘美(訳)2004『嵐が丘(下)』岩波文庫(2004.3.16初版発行)http://book-read.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/200420042172004_b0f0.html
 
 また、言葉自体に、明治期の日本語だけでなく英語の影響もところどころ見られる。
 
 ところで、わざと実話らしく(私小説らしく?)見せる仕組み(「本格小説の始まる前の長い長い話」によって、作者と語り手を同一視させようとしたり、小説の一部となるフィクションの「あとがき」をあたかも小説を書き終わった後のフィクションではない「あとがき」と見せかけようとしたり)は、最近のものであろうか。
 (ちなみに、DAN BROWN "The Da Vinci Code"(Doubleday International Mass Market edition,2004)(Hardcover original edition,2003)(http://book-read.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/dan_brown_the_d.html))
 
 「「私小説」的な作品とは、実際に小説家が自分の人生を書こうが書くまいが、究極的には、それが作り話であろうがあるまいが、何らかの形で読み手がそこに小説家その人を読みこむのが前提となった作品である。」(上・230頁)
 ということで、「私小説」を書こうとしているようである。
 ただし、この引用は、フィクションである「小説」の中の文言であり、ことさら、作者自身の直接的な表現であるかのように思わせることによって、あくまでも「作者」自身の真実を語る「私小説」であると思わせようとしているようである。
 
 どうしてか?
 「なぜ、日本語では、そのような意味での「私小説」的なものがより確実に「真実の力」をもちうるのであろうか。逆にいえが、なぜ「私小説」的なものから距たれば距たるほど、小説がもちうる「真実の力」がかくも困難になるのであろうか。」(上・231頁)
 ということで、「真実の力」を出すために「私小説」であることを装っているようだ。
 
 この部分の解釈及び、この作品の構造については、入り組んで複雑であり、誰か文学研究者が分析しているのではないかという気もするが……。
 
 
 なお、「「新潮」二〇〇一年一月号から九月号、および、二〇〇二年一月号に連載され、新潮社より刊行された単行本(二〇〇二年)に、修正・加筆を施した。」(下・542頁)
 
 
●事実関係(?)で気になったこと
 「昭和十八年(一九四三年)の暮れ、典之さんに赤紙が着き、みなが呆然としていると、なんと年が明けるともう訃報が届いたのです。幹部候補生としてではなく、一兵卒としての死でした。物理学者を夢見ておられ、戦争が終わったらケンブリッジに留学するつもりでいらしたということでもありました。」(上・526頁)とある。
 「典之」の年齢が明示されていないが、
 「典之さんは、そのころはもう一高の理科に上がって」(上・524頁)
 「次の夏も、また次の夏も、またまた次の夏も」(上・525頁)、「そんな中で突然アメリカとの戦争が始まってしまったのでした。戦争が二年目、三年目に入り」(上・526頁)
 などの記述から推測すると、「典之」は「一高」を卒業しておそらく「東京帝大」の「理科」系に入っていたと思われるが、「昭和十八年」では「理科」は兵役免除ではなかったろうか。
 それとも、「一高」を出た後、大学に在籍しなかったため「赤紙」が来たのであろうか?
 (関係文献)高田里惠子(2008)『学歴・階級・軍隊』中公新書(2008.7.25初版発行)(http://book-read.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/20082008725-a72.html)
 
 
●単なるメモ書き。
 「よう子ちゃんとしては東京の大学に行きたいのだが、それも許されず、藤女子高校からそのまま上がれる藤女子大に行かなければならない」(下・150頁)、「よう子ちゃんが藤女子大の英文科を卒業し」(下・237頁)
 
●仮名遣いについてメモ書き。
「こんにちわあ」(上・63頁)
「いづれにせよ」(上・220頁)
「キャリア・ウォマン」(下・299頁)
 
●表現についてメモ書き。
○眠りを眠る:「深い眠りを眠りながら」(上・211頁)
○笑いを笑う:「訓練された笑いを笑っている」(上・254頁)
○遊びを遊ぶ:「ビー玉やメンコやベーゴマといった男の子の遊びを遊んだ覚えがないようです」(下・31頁)
○あれら:「あれらのものがこの山荘には完璧な異物であるように」(上・305頁)
○眼にしてくれる:「珍しいものを眼にしてくれようとそのオジを見に行きました。」(上・439頁)
○~を通じる:「PXを通じたらしく、アメリカ製のナイロンのストッキングが手渡されました。」(上・456頁)
 
 
●近年は余り用法がないような語についてメモ書き。
○遠慮:「雨が降る度に私の家の庭からカタンカタンとうるさい音がするのが隣のジムに遠慮で、」(上・212頁)、「子どもなりにお祖父さまにも友達にも遠慮だったのにちがいありません。」(下・9頁)
○以上:「その地図に出ている以上に道がないんですよ」(上・251頁)
○古々しい:「古々しい看板が眼に飛びこんできた。」(上・326頁)
○縦横する:「広く舗装された道路が縦横し、レンタル・ビデオ屋やらファミリー・レストランやらが並んでいるのです。」(上・428頁)
○半白:「半白の花見糖」(上・449頁)
○感心に:「お金にかんしては感心におおらかなかたたちで」(上・569頁)
○文句には思わない:「佐久平で祖父母や両親が腰を伸ばすこともなく働いていた姿が記憶に残っているおかげで文句には思いませんが」(下・144頁)
○すくと:「冨美子はすくと緊張した姿勢で立ち上がった」(下・533頁)
 
◎眼線:「シャンペングラスを眼線まで上げて泡を眺めながら続けた。」(下・525頁)
 
 
 

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2009年5月11日 (月)

金田一秀穂『「汚い」日本語講座』新潮新書(2008.12.20初版発行)

Dsc07980 日本語の「汚い」という意味を分析することを通して、日本語や日本文化の特質だけでなく、人間や言語の起源にまで遡って考察するという、壮大な本。
 
 「「汚い」を考えることは、二十万年を考えることになるのだ。」(207頁)
 
 「触ることへの忌避、知ることへの拒否的態度が、「汚い」の本質として存在するのではなかろうかという仮説を思い出してほしい。これはホモサピエンスの全歴史の中に流れている、そもそもの通底的な態度ではなかろうか。」(203頁)
 
 
 この著者は、「とても話し好きなんだなあ」ということが、読んでいてよく伝わる。話していることをそのまま書いたかのようだ。
 
 ただ、この本を読んで、言語研究での「意味分析」というものを誤解する人がいたら困るな、という印象を持った。
 
 

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