水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』筑摩書房(2008.10.31初版発行)
読む前はタイトルだけで「これからは英語が国際語であり日本語は亡びてしまうという内容を表面的に素人的に扱っているだけだろう」と、勝手に想像していた。
しかし、内容はとても深く、じっくりと読める本であった。
これからは(既に)インターネットの発達などにより、英語が「普遍語」(=「国際語」)となり(「英語の世紀に入った」(239頁))、日本語は「現地語」にしかなりえず、「書き言葉」としての「日本語」は危機に立つことになり、何もせずにいれば「書き言葉」としての「日本語」は亡びてしまう。そうならないために、現在の危機的状況を正しく認識し、国語教育の在り方を考え直し、また、日本におけるあるべき英語教育の姿を示したもの。
日本語を守ろうとする本である。
英語教育では「平等主義」に別れを告げ(278頁)、「国民の一部がバイリンガルになることを目指す」(267頁)べきであるとする。
「「国民総バイリンガル社会」を追い求めれば、日本の言語状況はより悪くなる。」(275頁)
「インターネットの時代、もっとも必要になるのは、「片言でも通じる喜び」なんぞではない。それは、世界中で流通する〈普遍語〉を読む能力である。」(289頁)
そして、国語教育では、
「学校教育を通じて日本人は何よりもまず日本語ができるようになるべきであるという当然の前提を打ち立てねばならない。」(285頁)
これまでの(現在の)国語教育の誤りは、
「国語教育の理想をすべての国民が書けるところに設定したということ、国民全体を〈書く主体〉にしようとしたということ――それは、逆にいえば、国語教育の理想を〈読まれるべき言葉〉を読む国民を育てるとろこに設定しなかったということである。ところが、文化とは、〈読まれるべき言葉〉を継承することでしかない。」(302頁)
「日本は戦後五十年のあいだ、平和と繁栄と言論の自由を享受しつつ、知らず知らずのうちに自らの手で日本語の〈読まれるべき言葉〉を読まない世代を育てていったのである。〈書き言葉〉の本質が読むことにあるのを否定し、文化というものが〈読まれるべき言葉〉を読むことにあるのを否定し、ついには教科書から漱石や鷗外を追い出そうとまでしたのである。誰にでも読めるだけでなく、誰にでも書けるような文章を教科書に載せるという馬鹿げたことをするようになったのであった。」(304頁)
「日本の国語教育はまずは日本近代文学を読み継がせるのに主眼を置くべきである。」(317頁)
(9割方)共感し賛成。
タイトルの「亡びる」の意味に注意が必要だ。
「私が言う「亡びる」とは、言語学者とは別の意味である。それは、ひとつの〈書き言葉〉が、あるとき空を駆けるような高みに達し、高らかに世界をも自分をも謳いあげ、やがてはそのときの記憶さえ失ってしまうほど低いものに成り果ててしまうことにほかならない。ひとつの文明が「亡びる」ように、言葉が「亡びる」ということにほかならない。」(52頁)
この引用に既に示されているが、「日本近代文学」は(日本人はほとんど自覚していないだろうが)「その存在が、世界の読書人――その数はごくわずかでも、文学にとっては重要な、世界の読書人に「主要な文学」として知られるようになった」(232頁)ほどの「高み」に達していた。
「日本のようにはやばやとあれだけの規模の近代文学をもっていた国は、非西洋のなかでは、見あたらない」(103頁)
しかし、現在の文学は、
「大衆消費社会の中で流行る文学は、そこに書かれている言葉が〈読まれるべき言葉〉であるか否かと関係なしに、たんにみなが読むから読まれるという本だからである。だが、それは確率的には、つまらないものが多い。」(237頁)
「英語の世紀」の中では
「英語が〈普遍語〉になったことによって、英語以外の〈国語〉は「文学の終わり」を迎える可能性がほんとうにでてきたのである。すなわち、〈叡智を求める人〉が〈国語〉で書かれた〈テキスト〉を真剣に読まなくなる可能性がでてきたのである。それは、〈国語〉そのものが、まさに〈現地語〉に成り果てる可能性がでてきたということにほかならない。」(255頁)
メモ書き
○「〈国語〉とは、もとは〈現地語〉でしかなかった言葉が、翻訳という行為を通じ、〈普遍語〉と同じレベルで機能するようになったものである。」(133頁)
○「学問とは〈読まれるべき言葉〉の連鎖にほかならず、その本質において〈普遍語〉でなされる必然がある。」(144頁)
○「〈自分たちの言葉〉で学問ができるという思い込みは、実は、長い人類の歴史を振り返れば、花火のようにはかない思いこみでしかなかった」(144頁)
○「日本語で学問ができるようになったということは、何よりもまず、日本の大学が、大きな翻訳機関、そして翻訳者養成所として機能するようになったことを意味したのであった。」(199頁)
「日本の旧制高等学校や大学の主な役割は、英語、フランス語、ドイツ語という〈三大国語〉を教え、二重言語者を翻訳者として育てることにあった。」(200頁)
★メモ
「一ト月」(4頁):「一」の読みは「ひ」? (誤読を防ぐため)
「悪目立ちした」(25頁):ネットでは使用例はあるが、比較的新しい言い方か?
「熱気を熱く感じる」(48頁):これは揚げ足取り
「しかも、である。」(50頁)
「モンノ」:「モンのすごく」(「ン」は小字)(57頁)
「の前」:「一八六八年の前」(75頁)
「フランソワーズは、第二次世界大戦のまえ、パリに住む若い娘でした。」(78頁)
「ぞいな」:「ラシーヌとはいったい誰ぞいな。」(86頁):参考「生きていますぞいな、このお人は」(中里介山『大菩薩峠』(白根山の巻))google検索
「初代文部省大臣」(182頁):単なる誤植
「カンカン」:「丁稚奉公やら船底掃除のカンカンをしながら」(229頁)
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