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2009年3月30日 (月)

篠崎晃一+毎日新聞社『出身地(イナカ)がわかる! 気づかない方言』毎日新聞社(2008.8.30初版発行)

Dsc07872 実は方言なのに、共通語だと思い込んで、思わず(東京でも)使ってしまう、そんな各地のいろいろな「気づかない方言」について、イラスト付きで楽しく読める本。
 
 腹巻きには「毎日新聞紙面で、ネットで、大反響を呼んだ「呼び名でわかる」シリーズがついに単行本化!」とある。
 毎日新聞での連載記事をもとに、さらに材料・資料を補ってできた本。(12頁)
 
 「確かに!」「え! そうなの?」などすごく納得したり思わぬ発見をしたりできる。
 
 ただ、最後の「こんな方言は使っていない」(167頁以降)は、ごく小数の、本当に個人的な体験に基づいた感想を並べているだけで、ほとんど参考にならないが……。
 
 
 
メモ書き
○「宮城県出身者、相手の問いかけに「そうだよね」と同意する意味で、「だからー」という言い方を使う。「今日、暑いね」「だからー」という具合だ。いまは福島県などにまで広がっている(秋田・福島の項の自由回答紹介で取り上げている)。(83頁)
 
●「わ行の「を」の呼び名
 ・「くっつきのオ」(岩手、群馬、福島)(90頁)
 ・「下のオ」(新潟、福井、島根、香川など)(102頁)
 ・「小さいオ」(富山)(104頁)
 ・「難しいオ」(全国的に分布、特に兵庫と京都で地元使用度が高い)(128頁)
 
○「共通語の「やる」も「くれる」も区別せずに「くれる」という地域は、東北・関東・中部地方および九州南西部から沖縄地方へと意外と広がりを見せている。」(96頁)


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2009年3月23日 (月)

黒田龍乃助『世界の言語入門』講談社現代新書(2008.09.20初版発行)

Dsc07761
 世界中の言語(90語)について、一言語当たり見開き2頁で、その言語にまつわる面白いエッセイをまとめたもの。
 
 「言語学書」というよりは、本当に気楽に楽しく読めて、いろいろな言語の面白さや姿や逸話を知ることができる本。
 
 読んでいて、「ああ、この筆者は、本当に「ことば」が大好きなんだな」と感じ入ってしまう。言わば「言語」「ことば」マニアであろう。
 
 さらに、言語・言語学に対して、とても客観的で論理的で(偏見や俗説や権威にとらわれずに)適切な考え方をしている点も、すばらしい。
 「きれいな日本語」とか「正しい日本語の使い方」などを読む前に、この本を読んで、「ことば」に対してどういう態度が必要か是非学ぶべきであろう。
 
 
 
メモ書き
○「古典的な類型論で考えると、エスキモー語は抱合語に属する。接頭辞や接尾辞のような要素がたくさん繋がっていくので、一つの語がやたらと長く見える。いや、正確には「語」ですらない。言語学で「単語」という用語を避けるのは、このエスキモー語のようにちっとも「単」ではなく、英語とも日本語とも違う構造の言語があることを考慮しているからだ。」(62-63頁)
 
○「小さい言語を守るためにはお金がかかる。時間もかかる。さらには多くの人の理解も必要だ。自分の財布の痛まないことを前提にして、いいたい放題な今どきの世論では、とてもやっていけない。」(91頁)
 
○(「35 ジャワ語」)「敬語法ばかりを強調すると、若い世代からそっぽを向かれる。なるほど。(原文ママ)年寄りが空威張りするための武器として、敬語を振りかざすのはどこの言語でも卑怯だよね。」(95頁)
 
○「タミル語は不幸な言語である。日本語の起源に取り憑かれた国語学者とその支持者によって、妙な取り上げ方をされてきたからだ。」(118頁)
 
○(「グリムの法則」について)「考えてみれば、正確には文字の対応であり、それはグリム自身も分かっていたのだが、言語学の世界ではこれを音韻と考えるのが通例。表音文字を使っていると、往々にして文字と音の区別がつかなくなる。」(121頁)
 
○(「グリムの法則」 系統的につながりのある言語同士の音韻対応の法則)「グリムの法則は、第一次子音推移にせよ第二次子音推移にせよ、世界の言語の中でごく一部にしか通用しないものである。(中略)ところが困ったことに、同じような法則がすべての言語にもあるはずだと信じて、他の言語の研究でも、奇妙な音韻対応を作り出そうとする人がいる。」(121頁)
 
○「会話とは語学力ではなく、経験と度胸がものをいう。」(131頁)
 
○「どんな言語でも、非常に厳格で明晰なところと、あいまいなところがあるというのが、普通なんじゃないかなあ。」(171頁)
 
○「わたしが大学で言語学を学んでいた頃、アラビア語やヘブライ語、さらにエチオピアのアラハム語などはセム・ハム語族に属する、と習った。ところが研究が進むと、セム諸語は系統的にまとまっているが、ハム諸語のほうはそのまとまりが疑問視されるようになる。そこで、旧約聖書の創世記にあるセム、ハム、ヤペテの三兄弟のうちから二人の名前をとったこの名称は、最近では使わず、代わりにアフロ・アジア語族に改名したのである。」(188頁)(表紙カバーの著者紹介欄によれば、筆者は「1964年」生まれ。)
 
○「ちょうど現代の英語教育にるいて語るとき、聴き取りのことを「リスニング」といわずに「ヒアリング」といっているようなものである。」(188頁)
 
●「朝日ジャーナル編『世界のことば』(朝日選書)のあとがきで、編者である千本健一郎氏は次のように書いている。
     ケニアのキクユ人でキクユ語の筆者でもあるG・C・ムアンギさんから、「……族」(Tribe)という表現には上位の者が下位の者を見下す響きがある、と注意されたときには、ただのびっくり以上の衝撃があった。」(190頁)
●「多くの場合、ヨーロッパでは少数民族でも「○○人」というのに対し、アジアやアフリカなどでは国家を形成していても「○○族」という表現が見られる。語族でも民族でも、無意識が無神経に繋がらないように、できるだけ気をつけなければならない。」(190頁)

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