石渡峯司・大沢仁『就活のバカヤロー 企業・大学・学生が演じる茶番劇』光文社新書(2008.11.20初版発行)
就活(就職活動)の実態と問題点を、学生・大学・企業・就職情報会社ごとに描いたもの。
「就活が、単なる茶番に成り下がっていて、そこで皆が悩み、苦しんでいるというのは悲しい事態」(269頁)であり、それを「「やっぱりおかしい」と問題提起」するという内容である。
たとえば、「自分を偽り、マニュアル通りのやり方をしてしまうイタい学生と、結局、その学生を、表面的な「コミュニケーション能力」や「学歴」などで「優秀な学生」と判断してしまうイタい企業。そして、このような学生と企業が存在することが、さらにまわりのイタい学生を増殖させていく――。」(264頁)
たとえば、大学でも、「就職実績アップに邁進するのは結構なことだが、キャリア教育という美名のもと、学生たちに就活のノウハウを教える様子は気持ち悪い。学生を型にはめていく様子は気持ち悪い。「教育の時間を確保しろ!」と言う教授と、「就職実績が下がると大学として生き残れなくなる!」と主張する就職課の対立は気持ち悪い。」(258頁)
メモ書き
○「書類なら、「御社」ではなく「貴社」と書くべきだ。」(24頁)
○「DJ、バンド、ストリートダンス、国際交流サークル、よさこいなど、「自分は変わったことを一生懸命に取り組んだ」というアピールは枚挙にいとまがない。しかし、各社に何千枚と届くエントリーシートの山のなかでは、べつに珍しいことでは決してない。」(34頁)
○「そもそも、くり返すようだが、学生たちは「就活=選考に通ること」だと思い込んでいる。高校以前のテストと同様、回答(ママ)があり、点数がついて、偏差値によって序列化されるとでも思っているのか。
信じるのは勝手だが、こういう学生は大概が失敗する。回答(ママ)はあってもないも同然、点数もつかない。もちろん序列も生まれない。」(42頁)
●「『文章は接続詞で決まる』(石黒圭) しかし、だから、また、そうすれば。それに、あと、やはり接続詞の使い方でエントリーシートを変えよ。」(44頁)
●「『大学生のためのキャリア講義』(山本直人) 青山学院大でのキャリア講義を書籍化。オンリーワン信仰をウソと喝破。こういう話を学生は知れ。」(55頁)
○「なぜ、就職課を敬遠する学生がどの大学にも出てくるのか。学生に話を聞くと、どうも原因は職員よりも学生にあるようだ。」(95頁)
学生課の職員に「厳しい」ことを言われた学生が「人間性を否定された、就職課なんてイヤだ」と吹聴する。しかも、大学入学以前から、受験生集めのため、大学から様々なサービスを受けてチヤホヤされてきた学生が、就職に際して初めて就職課の職員から現実の厳しさ・きつさを指摘される。(96-97頁要約)
○「「ボーダーラインに東大・早慶といった難関大の学生と中堅私大・地方大の学生がいる場合は、後者を優先します」(電機メーカー)(126頁)
○「帯マンガ」(142頁) 腹巻きに書かれているマンガ
○「所詮、入社案内や採用ホームページは、企業の立場からつくられた「広告」のようなものだ。」(150頁)
「採用広告を読む際に大切なのは、「なぜ、そんなことをウリにしているのか?」という素朴な疑問の視点を持つことだ。
特に、「実はこれ以外にウリがないのではないか?」「このウリはべつにこの会社だけのものではないのではないか?」などという冷めた視点を持つとよいだろう。」(162頁)
●「『採用氷河期』(原正紀著)には、「面接の落とし穴」がつぎのページのようにまとめられている。」(182頁)
「面接の落とし穴
・第一印象で評価してしまう(外観評価)
・判断基準が不明確なまま選考を行う(面接官格差)
・自分が理解できないこと・苦手なことを評価しない(主観評価)
・一つのポイントで全体を判断してしまう(ハロー効果)
・悪い点にのみ目がいく(減点評価)
・自分と類似している点を高く評価する(類似評価)
・前に会った者と比較してしまう(対比効果)
・一つの面での特徴を全体のものと思い込む(一般化)
・事前の特定の情報に過度に左右される(先入観)
・大雑把な面接官は甘くなりがち(寛大化傾向)
・神経質な面接官は辛くなりがち(厳格化傾向)
・差をつけることができず、同じような平均点的評価が多くなる(中心化傾向)
・ちょっとした差を極端に評価してしまう(極端化傾向)」(183頁)
○「アルバイターン」(210頁) 「報酬(奨学金と呼ばれるケースが多い)」(210頁)の出るインターンで、「通常のアルバイトよりも安い人件費で労働力を確保しているのではないかという指摘」(210頁)という。
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