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2009年1月26日 (月)

高田里惠子(2008)『学歴・階級・軍隊』中公新書(2008.7.25初版発行)

Dsc07356 「一九二〇年代前半生まれの学徒兵たち」(290頁)すなわち「軍隊と旧制高校の両方を体験した男性たちの、その両方をめぐる言説を考察の対象」(288頁)とし、「世代」「学歴エリートたちの孤立」「異質なものとの接触」をキーワードとして「世代と階級を巡る問題」を深く深く掘り下げて扱っている。
 
 「本書では、かつてたしかに日本に存在したこうした残酷な格差、そして高学歴兵士たちの偏見、土居の言葉を使えば「ゆがんだ表現」をむしろ浮き彫りにすることを目指していくつもりである。」(47頁)ということだ。
 
 いくつか指摘を抜粋してみる。
 
 「「官立学校流の自由主義教育」を受けた者が、自分は正義と公平を希求していると信じていても、「民衆」にとっては、旧制高校や帝国大学はエゴイストたちの巣に見えていたのである。」(68頁)
 
 「「インテリは兵隊に向かない」は、日本人には納得できてしまうが、欧米ではそうではない。よく知られているように、第一次大戦の開戦はヨーロッパにおいて熱狂的に歓迎されあた。とりわけ、どの国でも若い学生たちが続々と志願兵となり、そして戦死する。モードリス・エクスタインズによれば、独英仏すべての国において、死傷者の割合は自由な知的職業出身者が圧倒的に高かったという(『春の祭典』)。第一次大戦は、ブルジョア高学歴男性が勇士のイメージを獲得した戦争であった。」(180頁)
 
 「本書の関心の一つが日本の大衆社会化に向けられている」(193頁)
 「大衆化・平準化は戦争によって加速され、戦後の社会へとつながっていった。その動きを、高学歴兵士たちは、文字通り生身で体験したのである。(中略)帝国陸軍という平等あるいは不平等社会とのかかわりのなかで、彼らの正の面と負の面とがともにあぶりだされてしまったのだった。」(193頁)
 
 「本書がいままで見てきたのは、帝国陸軍および庶民兵士たちが、日本の高学歴者なんかにノーブレス・オブリージュの気持ちはないと見なしてきたことだった、いや、その冷たい視線に、高学歴兵士たちははじめて気づいたのだった。」(200頁)
 「よく考えてみると、ノーブレス・オブリージュの在否は、むしろ承認する側、つまり大衆のほうにかかっているのである。」(200頁)
 「しかし、先取りして言っておくと、大衆の動向などには一切お構いなしだったところに、旧制高校の旧制高校たる所以があった。」(200頁)
 
 
 なお、著者は「1958年(昭和33年)、神奈川県生まれ、東京大学大学院人文科学研究科博士課程(ドイツ文学専攻)単位取得満期退学、現在、桃山学院大学経営学部教授」(奥付の著者紹介による)とのことである。
 
 
 
メモ書き。
○「余談ながら、戦時中にていだい医学部の附属として作られた医専は戦後その処遇に困り、廃止されたり附属看護学校になったりしたが、そこの出身者(たとえば大阪帝国大学医学部附属医専出身の手塚治虫)がのちのちまでも露骨な差別にさらされたとはよく耳にする話である。」(14頁)
 
○「しかし、平等だ、公平だ、などと宣言される場所でこそ、それがいかに不平等・不公平であるかが目立っていく場合もある。」(17頁)
 
○「「今の若い者」ときたら、といった年少者への嘆きやレッテル貼りは、つい「世の良識ある大人達」がやってしまうことなのである。むしろ興味深いのは、昔から若者バッシングにいそしむオジサンもいれば、武野藤介のように若者の身になって考えてくれる年長者も必ず出てくることである。もちろん、若者が本当に警戒しなくてはならないのは、ナチス党が若者礼賛をふりまいたように、無闇に誉められたり、理解されたりするときなのだが。」(36頁)
 
○「師範学校卒は中学校卒業と見なされていたので最初は予備学生に応募できなかったのだが、制度変更によって一九四三年三月の卒業生からは専門学校卒業の資格が与えられるようになった(前年度卒業生にも救済措置)。この師範学校の昇格と、海軍があわてて予備学生を、とりわけ飛行専修を大量に採りはじめた時期とが重なり、最も多くの特攻隊戦死者を出した第十三期飛行予備学生(一九四三年十月入隊)から、師範学校出身者が登場することになったのである。」(54-55頁)
 
○「井上和義は、「旧制高校的な教養主義が右傾培養器としても機能し、かつての左傾学生と比べても遜色ない規模の学生が国家主義団体に結集した」ことに注意を促している。」(159頁)
 
○「すでに『文藝春秋』の一九三七年五月号に掲載されていたように、一九三〇年代後半には、大学生たちの学力低下・教養崩壊・モラルハザードが大いに議論されたのである。」(177頁)
 
 
●「せていただく」:「映画『きけ、わだつみの声』の鶴田上等兵は、新しい大隊長に「お腰をもませて戴きたくあります」とさっそく申しでるが、(中略)何々させていただく、という過剰な敬語の濫用が最近では批判されているようだが、これは軍隊のなかで要領よくかわいがられるためには、なかなか大切な言い回しだったらしい。」(102頁)
 
●「某々」:「「某大新聞社の出版部や某々大雑誌社の出版部から(中略)」(土屋喬雄「『太田伍長の陣中手記』出版の経緯」)」(181頁)
 

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2009年1月19日 (月)

原田祐輔『中学教師裏物語』バジリコ株式会社(2008.11.17初版発行)

 Dsc07718 たまたま図書館で見かけたので、読んでみた。
 
 著者は、「都内の某公立中学校に勤務する現役教師」「教員歴は20年」(奥付頁の著者略歴より)だそうだ。
 
 「生身の教師の姿と、見聞きしたことを書き連ねた」(4頁)とのことで、各章には次のような内容が書かれている。
 「第1章 中学教師の通常業務などについて。
  第2章 中学教師の私生活や本音。
  第3章 生徒や保護者とのコミュニケーションや対立。
  第4章 中学教師の性癖やセックスライフについて。
  第5章 いい意味でも悪い意味でも忘れられない教師や生徒の逸話。」(5頁)
 
 一般的に噂されていることや報道されていることなどと、まったく異なるという内容は余り(ほとんど)ないが、全体を通して、中学校の先生も普通の人なんだなということが伝わってくる。
 ただ、やはり「先生」らしいということであろうか、「教育」に「生き甲斐」を感じていなければ長年続けることは大変な職業でもあるということが分かる。
 
 ところで、著者名は本名なのであろうか?
 
 
いくつかメモ書き。
○「教師の処遇や出世に対しては、いまだに旧態依然として上長による印象や情緒的な判断による裁量がなされています。出世のポイントは、校長や教頭などに可愛がられること。教師としての能力は最低限でもいいのです。」(28頁)
 
○「ほとんどの先生は研修の時間をクリアするだけで精一杯です。この研修が何かの役に立っているのか、そんなことを考えるヒマはないし、わからない。忙しい時なんて、ほとんど思考を停止して研修を受けていることだってありますよ。
  しかし、そんな状態でも研修はパスしてしまうんです。公立学校というところは役所体質がしっかり染みついているので、要は整合性だけなのです。つまり、とりあえず書類さえ問題なくできてしまえば、それで研修はひとまず終了、というわけなのです。研修の成果や効果などは、まずチェックなんてされませんし、話題にもならない。」(39-40頁)
 
○「現在、首都圏では未曾有の「教員不足」が深刻化しています。とにかく小中学校の先生の数が足りないのです。
  これについては、理由はいろいろ考えられます。若い学生が教師になりたがらない。(中略)
  また、せっかく赴任したものの、すぐに辞めてしまう先生もとても多い。(中略)
  それから、いじめの問題も深刻です。とても残念なことですが、教師の間での陰湿ないじめがあることは現実であり、しかもそれは特定の学校や地域でのことではありません。(中略)そして、いじめにあった教師の多くが職場を去っていきます。」(68-69頁)
 
○「真面目な教生ですら迷惑なのですから、そうでない学生は鼻つまみの嫌われ者です。すなわち、教育実習生が嫌われるさらなる理由が、「やる気のない教生は最悪」ということです。」(77頁)
 
○「学校が掲げる「個性重視」というキャッチコピーには、「あらかじめ決められた」という枕詞が省略されているのだと思っていただければ、大きな誤解を生まなくてすむのかもしれません。」(162頁)
 

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2009年1月12日 (月)

石光勝(2008)『テレビ番外地 東京12チャンネルの奇跡』新潮新書(2008.11.20初版発行)

Dsc07621  その響きは、人それぞれ異なるのであろう。
 
 幼少の時から見ていた人たち、親の世代として見ていた人たち
 ある一時期、東京の在住し見ていた人たち
 東京以外で、配信を見ていた人たち
 
 いろいろな人たちが、それぞれの独特のイメージを
 「東京12チャンネル」
 に持っているのではなかろうか。
 
 そして、
 その響きは、「テレビ東京」とは違うものであろう。
 
 この本の著者は、「東京12チャンネル」の創設時から社員となり、その後「常務取締役から、設立に携わった系列の通販会社の社長」(奥付の筆者紹介欄より)となった人である。
 
 「番外地」と呼ばれた故の苦労と、それ以上の、果敢な取り組みが、読みやすく描かれている。
 「”番外地”時代の番組や格別に印象に残っているエピソードを、時系列にとらわれず、思いつくままに書き出してみようと思います。」(38頁)
 
 「東京12チャンネル」は、「米軍用のチャンネルがあいたので、そこを民放に開放する」(21頁)という経緯から作られ、当初は「財団法人で、科学技術教育を柱とする教育局」(21頁)だったそうだ。
 
 
 
 
★名言
 「「成功には百人の母がいるが、失敗は一人の孤児である」
  アメリカのミステリーでこんな言葉に出会いました。たしかケネディ大統領の演説にも引用されたと書かれていた記憶があるのですが、テレビやラジオの仕事にはまさにこの一句があてはまります。」(39頁)
  一つの成功の裏には多くの人が貢献しており、その一人一人が「あの番組は俺が作ったんだ」という。そしてそれは全部本当である。対して、「失敗」は一人のせいにしてしまう。
  
★業界用語の「おはよう」
 「ご存知の通りテレビの制作現場では夜中に顔を合わせても、「おはよう」と声をかけ合います。映画の世界から伝わったのですが、(後略)」(88頁)
 
 
★「阪僑」(201頁)
 「大宅さん一流の造語です。」(201頁)
 
★「方言ブーム」(201-204頁)
 現在「全国発の方言ブームが深く静かに浸透している」(202頁)と言われる。
 「四十年以上前に出版された」「カナダの文明批評家マーシャル・マクルーハン教授の『メディア論』(栗原裕・河本仲聖共訳、みすず書房)」(202頁)に「「おやっ」と思った」(203頁)内容が書かれていた。
 「――テレビが登場してから、イングランド地方で見られるようになった最も意外な現象は、方言が台頭してきたことだ。
  オックスフォードやケンブリッジの大学の教室でさえ、ふたたび方言を耳にするようになった。
  テレビ時代になって、人々は方言が心の奥深いところで社会的な絆を与えることを発見したのだ。これはほんの一世紀前に始まったばかりの人工的な”標準英語”では不可能なことだった――。」(203-204頁)
  
  「今の日本の状況と酷似しているではありませんか。「テレビ番組の持つ影響力は、古今でも東西でも変わっとらんぞ」と決めつけられたような気がしたのでした。」(204頁)
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2009年1月 5日 (月)

岩波書店辞典編集部編(2008)『広辞苑一日一語 広辞苑第六版刊行記念(非売品)』岩波書店(2008.1.11発行)

Dsc06034 『広辞苑第六版』の「予約特典」でもらった付録。
 
 1月1日「元旦」から始まり、12月31日「除夜の鐘」まで、毎日一語を取り上げ、その広辞苑の語釈が載せられている。
 例えば、1月27日「モーツァルト」、2月29日「閏」、3月5日「啓蟄」など。
 
 巻頭に、
 「私たちは日々「ことば」とともに生きています。毎日出会う数多くの「ことば」の中から、特にその日、その季節とかかわりの深い「ことば」を『広辞苑』の中に探してみました。
  日本語の豊かさと、辞書を読む楽しさを感じてくだされば幸いです。」
 とある。
 
 昨年、日付に従い、ほぼ毎日一語ずつ読んで、昨年末に読み終えた。
 
 読んだからどうってことはないが、続けることに意味があると思い、読み続けた。
 
 昨年末、読了。

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