「どのような動物として牛は日本に存在してきたのか、それを探ってみたのが本書である。」(「はじめに」11頁)
目次をざっと見ると、
「第Ⅰ章 ウシの出現と家畜化」
「第Ⅱ章 日本のウシの始まり」(野牛の渡来と絶滅、和牛の祖先、わが国への家畜牛渡来のルート)
「第Ⅲ章 牛の用途」(犠牲獣、役利用、乳牛と牛乳、肉食と肉牛、ふん尿の利用、と体から得られる多様な製品)
「第Ⅳ章 神々と牛」(人と動物、牛と神道・仏教、牛と宗教と日本人)
「第Ⅴ章 牛と人間のこれから」(クローン動物、環境問題、動物愛護など)
「補論 牛のかかわるさまざまな話」(説話の中の牛、民話の中の牛、牛と民俗・文芸、牛と玩具、闘牛)
内容としては、『和牛おもしろ雑話』や『うし小百科』と一部重なりはするが、より広範な内容を専門的、学術的、正確・詳細に記述している。
著者は、家畜生理学の専門家で、「自然科学者」であるが、「日本人は牛をどのように使い、どのように考えてきたのかを調べてみたいと」思い立ち、停年後、文献を調べまとめたもの(「あとがき」より)だそうだ。
「一介の自然科学者が人文学的な分野のことについて書くのは無謀に近いものであった」(「あとがき」273頁)とあるが、参考文献もとても充実しており、「人文学的な分野」では素人とは言いながらも、さすが「研究者」が書いた本だけあり、参考文献も充実しており、索引も付されており、しっかりした学術書と言えるであろう。
●メモ書き。
○「ウシは一日に六~一〇時間、平均八時間ほど反芻している。夜など暗く、静かな時間帯に反芻することが多い。反芻は睡眠(徐波睡眠)中にも生ずる」(28-29頁)
○「だ液分泌量は体重一キログラムあたり人間の約一〇倍である。一日量で人間は一~二リットルだが、ウシは一〇〇~一八〇リットルも分泌する。ヒトでは食事や何かを食べた時にだ液の分泌量が増すが、ウシはえさを食べたときも分泌は増すが、それ以外の時にも絶えず分泌されていて一日中、ときれることがない。ヒトのだ液はほぼ中性であるのに、ウシのはアルカリ性(八・一~八・八)である。この理由は、絶え間なく続いている反芻胃内の発酵で、揮発性脂肪酸が生成され、胃内容が酸性に傾くのを、アルカリ性のだ液を分泌して中和し、中性近くに保ち、発酵をうまく継続させるための仕組みである。」(30-31頁)
○「親牛は単なる愛情の表現としてだけでなく、ある実際的な目的のために子牛をなめていることになる。」(72頁)(牛の反芻胃の中のいる「プロトゾア」という原生動物は他の微生物とともに飼料を消化する役割を担っているが、体外ではすぐに死滅してしまうので、飼料や空気から体内に入ることはなく、親から移してもらうしか方法がない。)「親の口内にあった胃内容中のプロトゾアが、子に移り、飲み込まれ、子の胃内で増殖を始める。」(72頁)
○「牛は火を嫌い、火に敏感」(153頁)
○「牛一頭からのふん排せつ量は人間一九〇人分、尿は六人分、ふん尿合わせて計算すると三〇人分と換算されている。牛の総頭数五〇〇万頭を掛けると、一億五〇〇〇万人分という日本の總人口以上のふん尿が排せつされていることになる。」(188-189頁)
〔牛と説話〕
○「今まで述べてきた説話の中で、牛はさまざまな形で取り扱われている。前世の罪業の報いのために、現世で牛になり、苦しみを得て、やがて解放される牛(人)、仏の使いとして神聖な牛、生き物としての力強い牛、争う牛もいれば、あるいは食べられる牛、乳を出す牛の話も出てくる。外国にあるような、たけだけしい牛の話は、あまり出て来ず、湿潤な国土に住む日本人の感性を秘めた話が多いようである。」(216頁)
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〔日本への移入〕
○「五世紀には牛が家畜として飼育されていた」(37頁)
○「縄文時代の後期、晩期(前二〇〇〇~前一〇〇〇年)に、日本に牛が居たことになる。ただし、これらの動物が家畜としての飼い牛であったか、野生のものかについては明らかではない。」(38頁)
○「最近の遺伝子分析の手法により、日本の在来牛の遺伝子構成を世界各地のものと比べてみると、インド系牛種より欧州系牛種にはるかに近縁であることがわかった。このことから西ヨーロッパから東北アジアにかけ、ユーラシア大陸中北部を東西にのびる原牛系の牛の飼育地帯から朝鮮半島を経て、我が国に牛が移入されたものであると考えることができる。」(40-41頁)
○「我が国への乳専用の乳牛の渡来は徳川吉宗の時代、享保十三年(一七二八)に、インドから白牛が輸入され、房州長狭郡細野村の嶺岡牧(現千葉県嶺岡)で飼育された。(中略)実際には当時、通商関係のあったオランダから輸入された乳用短角種ではないかとの説がある。(中略)一方、白黒の毛色のホルスタイン種はオランダが原産で、その最初の輸入は明示十八年(一八八五)とされている。」(75頁)
〔牛と食〕
○「(上略)正史である「日本書紀」が初代天皇の肉食を認めているのは重要であると強調している。これらの古文書から、我が国でもかなり古い時代から種々の階層の人々が牛肉を食べていたことが分かる。」(47頁)
○「日本人が明治維新前は肉食をせず、あるいは好まなかったのは、このような禁令による、あるいは宗教的な事情のみによるものではない。既に述べたように、風土的に牛を飼養しなくても必要な食料を生産できたし、かつ有畜農場を助長するような政策も執られなかったことによる影響も大きい。」(104頁)
〔牛の地名〕
○「北海道などに多く見られる「牛」のついた地名(妹背牛、伊香牛など)の「牛」は、アイヌ語の「……するところ」の意味である。妹背牛は「イラクサが群生するところ」、あるいは「草を刈るところ」であり、伊香牛は「越すところ」で、石狩川の渡河地点の一つである。東北地方にもある附馬牛、六角牛、切牛などの地名も、アイヌ語に由来する地名で、動物の「牛」とは関係がない(谷川 一九九八)。」(244頁)(「谷川健一、続日本の地名 岩波新書 五五九、岩波書店、一九九八」(282頁))
●誤植? 誤植ではないがなぜ旧字体?
「再ぴ」(28頁)
「總人口」(188頁)
「犬舍」(194頁)
「檢討」(200頁)
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