2009年11月 9日 (月)

中野三敏『和本の海へ―豊饒の江戸文化』角川選書(角川学芸出版)(2009.02.10初版発行)

Dsc08381  江戸時代の「和本」を単なる趣味的に紹介している本ではない。
 
 「まえがき」にあたる「和本の海へ」の章に、本書の意図が明確に記されている。
 
 「和本リテラシーそのものを回復」させるためには「何は扨置き、和本の持つ面白さや豊かさに目を向ける、ほんの一寸した興味を持つことが何よりも重大なのである。本書編纂の企てはまさにその点にある。」(14頁)
 
 「和本リテラシー」というのは、活字化されていない(変体がなと草書体漢字で書かれた)和本の読解力であり、「江戸人の想念と情念の凡てを理解し感得しようとする能力の練磨」(7頁)である。
 
 では、なぜ「和本リテラシー」が必要なのか。
 
 平成に入り「戦後の近代主義的江戸理解を排したうえでの、江戸に即した江戸理解の必要性に漸く目覚めた」(12頁)のであり「江戸は近代とは違うという事、その違いを見定めた上で、近代が見落としてきたものを活かして行く所に本当の近代の成熟がある、ということに初めて気がついた」(12頁)からである。
 そして「江戸に即した江戸理解の為の最も基本的な手段は江戸文化のインフラそのものである“和本”に通じることしか、まずはあり得ない。」(12頁)からである。
 しかし、活字化された和本は「一%ほど」もなく、今後の活字化を待つよりも「和本リテラシーそのものを回復するに越したことはない。」(14頁)ということである。
 
 
 ということだが、拾い読み。
 
 ちなみに、
 「江戸の武士から庶民まで、時代を彩った多彩な生活の場面を、人々の愛用した和本から読み解く。和本のうち、活字になっているものは文学を中心にして1パーセント足らずであり、活字にならなかった多くの本にこそ、江戸に暮らした人々の生活が見えてくる。江戸文化の様々な局面を、動物、賭博、易占、言葉遊び、印譜、春本、武家作法などに関する和本から照射する。豊かな文化を見つめ直すための格好の案内書。」(裏表紙の紹介文より)
 
 
 主に「彷書月刊」誌に連載した「和本入門」を基に補記・訂正を施し、書き下ろしも加えてもの。
 
 
メモ書き。
●(「学知の基本を西洋の学に置く」(9頁))「そのような明治以来の学問の世界で、唯一、自前で、西洋の学問と相拮抗するだけの成果を示し得ていたのは、契沖・宣長以来の実証主義的な伝統に支えられた国文・国史の学であった。」(10頁)
●「持ったが病」(15頁):なまじ(金や子供を)持ったために苦労や悩みが生じること。

 

 

 

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2009年10月19日 (月)

ウイリアム・ブロード ニコラス・ウェイド著 牧野賢治訳『背信の科学者たち 論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』講談社(2006.11.20発行)(ブルーバックス B-1535)

Dsc00070  日本における近年の、大学や研究機関での不祥事の多発を浮けて、旧版(化学同人刊、1988年)を「読みやすい「ブルーバックス版」として形を改めて再出版」(「訳者序文」5頁)したものだそうだ。
 
 原書は、次の通り。
 William Broad and Nicholas Wade, 1982, "Betrayers of the Truth: Fraud and Deceit in the Halls of Science"
 
 
 「科学者は合理的な考えだけで基づくものでもなく、また、合理的な考えは科学者だけがもっているものでもない」(12頁)ということが主張の中心である。
 
 「ミスコンダクト問題を追っていると、そもそも科学者とは何者か、という根源的な疑問に突き当たらざるをえない。そしてその答えは、「科学者は、人間としては特別な存在ではない」という当たり前の結論に行きつく。科学者はときに、魔術師であり、手品師であり、万能の力をもっているかのごとくに振る舞うが、実際はそうではない。その力は限られており、人間としても普通の弱い存在である。」(「訳者あとがき」345頁)
 
 
 データ捏造や改ざん、他人の研究や論文の盗用などの「ミスコンダクト」は、近年に始まったことではなく、プトレマイオス、ガリレオ、ニュートン、メンデルなども行っており、「データへのあいまいな態度は、西洋の実験科学において最初から存在していた」(43-44頁)という。
 
 「虚偽はわれわれが考えるよりはるかに多いものであることを歴史が示している。データを改良することで、他人に対して、より説得力を持たせようとした科学者たちは、自分自身に対しては、心理を広めるために行ったのだと自分自身を偽っていたに違いない。しかし、科学研究におけるこれまでのさまざまな偽りの真の動機は、個人的な野心とその追求、およびダーウィンが指摘する“安物の名誉”の追求から生じたものがほとんどであり、真理への関心から生じたものはずっと少ないように思われる。」(56-57頁)
 
 
 「科学の客観性」について次のような記述がある。
 「科学者はその時代の社会一般の定説を信じ、それを“科学的”に、つまり、客観的な実験という科学的方法によって証明しようとはするが、現実には、データを調べている間に、最初の仮説を支持するデータを無意識に選んでいることが多いのである。そして、仮説は実証されたものとして、公表されるのである。その論拠は常にデータから結論へのまっすぐな線のように示されるが、実際には、結論からその結論が導き出されたデータへ、そして再び結論へ戻るという循環過程をたどっているのである。」(272-273頁)
 
 
 「科学的客観性」の無意味さの例として「知能指数(IQ)」の「幻想」が挙げられている。
 知能検査を考案したフランスのビネが設けた「三つの基本原則」が「アメリカの心理学者によって一貫して無視され、悪用された」(275頁)という。
 「三つの基本原則」というのは次の三つだそうだ。
 「ビネの原則① 得点は生まれつきのもの、あるいは永久的なものを何ら明確にするものではない。
  原則② 得点等級は学習障害のある子供を見極め、助けるための大まかな指針であり、普通の子供たちを測るものではない。
  原則③ 低い得点は子供の知能が生まれつき劣っていることを意味しない。」(275頁)
  
 
 なぜ、「ミスコンダクト」を防げないのか。
 「そもそも論文審査の主目的はミスコンダクトの発見ではない。ミスコンダクトはないとして、論文内容を評価するのである。」(「訳者解説」334頁)
 
 
 
メモ
○(研究)「雑誌急増の最大の理由は論文発表における本質的な変化、つまり、質より量重視の姿勢である。今日、科学者の多くは、また彼らが発表する論文のほとんどは二流以下であると言っても過言ではない。」(81頁)
 
○「引用文献の分析を行ったコールらは、科学論文の多くは引用文献として一度も引用されていないことをあげ、「私たちが報告したデータから、科学者の数を減らしても科学の進歩の速度は変わらないといいう暫定的な結論が導かれる」と書いている。」(83頁)
 
○「一般に、科学研究に大きな影響を与えている問題は科学論文の過剰生産ということである。あまりにも多くの科学論文が発表されすぎており、その大部分が価値のないものであり、科学の伝達システムを乱しているのである。つまり、優れた研究が目にとまるのを妨げ、偽りの研究が審査の目から免れるのを助けるのだ。」(310頁)
 
○(量子力学の創始者であるドイツの物理学者マックス・プランク)「彼は有名な一節の中で、科学における古い考えは、それに固執する人びとと共に滅びると言明した。」(210頁)
 
 
 

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2009年9月28日 (月)

川村二郎『孤高 国語学者 大野晋の生涯』東京書籍(2009.09.11初版発行)

Dsc00026  「これは、日本語と通して日本人とは何か、その研究に八十八年の生涯を捧げた国語学者、大野晋の物語である。」(「プロローグ 熱風」16頁)

 国語学者・大野晋(1919-2008)の「評伝」。
 「日本語の好きな普通の人が読んでわかるように、先生のお人柄を中心に書い」(「あとがき」269頁)たもの。
 
 
 「筆者にもう一つ、忘れられない最晩年の言葉がある。
  「学問というのはね、深めれば深めるほど、自分にわかることがいかに少ないかが、わかってくるものなのです」」(「エピローグ 遺言」268頁)
 
 
メモ書き
○「橋本について研鑽を積んだのは正味二年である。しかしこの間に橋本から学び、身に付けた研究手法は、生涯の財産といってよいものだった。
  簡単に書くと、それは次のような五段階になる。
  ①単語の用例を可能な限り集める。
  ②文脈から意味を細かく分けて分類する。
  ③分類したものをグループにまとめる。
  ④グループごとに共通する意味を抽出する。
  ⑤類似の単語との差を見定める。」(106頁)
 
 
●(『広辞苑』の「基礎語」の語釈に執筆に関して)「大野にとって、辞書の編纂に直接たずさわるのは、はじめてのことだった。しかし、約千語の語の意味と用法と用例を三カ月で書くことがいかに途方もないことかは、想像がついた。」(146頁)
 「大野が思いついた方式とは、こういうものだった。学生たちに『大言海』『大日本国語辞典』『大辞典』『辞海』『明解古語辞典』の五種類の辞書から、基礎語九百六十語の解説と文例をすべて書き写してもらう。まだコピー機はなかったから、こうするしかなかったからだが、それを単語ごとに、一枚の大きな紙に貼ってゆく。
  それに目を通し、最も古い訳語と思われるものに①と番号を書き、古い順に②③④⑤と番号をつけてゆく。こうすることで、その語の意味の年代的な変化や、変化の脈絡がわかる。そこに『万葉集総索引』『源氏物語用語索引』『徒然草総索引』を使って上代、中古、中世と、年代順に適切な用例を書き加えてゆく。そのうえで室町末期に編纂された『日葡辞書』のフランス語訳、パジェスの『日仏辞書』やいくつかの現代の和英大辞典を使い、近世、現代の訳語と文例を書き足す。
  しかしこの方式には、欠かすことのできない条件が一つあった。条件とは、上代から近代までの各時代の古文をきちんと読むことのできる能力の持ち主が不可欠、ということである。幸運なことに、竹内美智子がいた。竹内は東大国文科の戦後第一回の卒業生で、能力の高さは大野も知っていた。協力を求めると、快諾してくれた。」(146-147頁)
 
 
 
●誤植??
「表紀」:「「お」と「を」の表紀の違い」(126頁)
「超驚級台風」:「大野は生徒たちに超驚級台風のような印象を残した」(126頁):「超弩級台風」の誤植??
 
 
 
 

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2009年9月14日 (月)

佐久協『日本一愉快な国語授業』祥伝社新書(2007.12.25初版発行)

Dsc08242 タイトルに煽られ、次の「はじめに」「おわりに」の言葉に繰られ、とりあえず面白いネタがあればいいなと思い、買って読んでみた。
 
 「日本語全般に関してこれだけは知っておいてもらいたい知識や問題点を具体的な用例を挙げて解説し、日本語に興味を懐(いだ)かせることのできるコンパクトな冊子」(「はじめに」2頁)
 「最低限知っておいたもらいたい日本語の問題や面白さを伝えるという本書の主旨」(「おわりに」264頁)
 
 
 「中・高校生から大人までが楽しめるように書いたつもりですが、私が一番念頭に置いたのは中・高等学校の教員です。本書の一部でも利用して、ぜひとも生徒に日本語の面白さを伝えて下さい。」(「はじめに」3頁)
 とあるが、「中・高校生」が読んで面白がる生徒がいれば、マニアに近いかもしれないなと思いながら読んだ。
 個人的には、「中・高校生」にはすすめたくないし、一般の人にもすすめたくないなと思いながら読んだ。
 また、何を「日本語の面白さ」と感じるかということは、人によって、大きく異なるのだなあと思いながら読んだ。
 
 大ざっぱに言えば、この本で取り上げられているのは、言葉遊びや単語単位の現象など、旧来の言葉好きの人たちが趣味で楽しんでいる類のものが多い――そう思いながら読んだ。
 
 
 しかし、「ある意味」とても興味深かった。
 なので、最後まで読めたのであろう。
 
 
 
 できれば、参考文献も示したほしかった。例えば、次のような部分。
○「若者の平板ことばの原因としては、顔面筋(特に眼輪筋と咬筋)の衰えを指摘する研究者がいます。」(16頁)
 「最近の日本人は子供の頃から柔らかな物ばかり食べているから顎が細くなり平安時代の貴族の瓜実顔に近くなってきており、それが平板アクセントの原因だと指摘する研究者もいます。」(17頁)
○「平安時代に存在していて「し」(Shi)に取って代わられたスィ(Si)の音が、最近の若者によって復活しているといいます。これはアクセントの項で述べたように、現代の若者が子供の頃から柔らかい物ばかり食べて咀嚼筋が発達せず顎の形が平安時代の貴族のようになり、摩擦音が出せなくなったためだと説明されています。」(104-105頁)
○「日本語も奈良時代には八十七から八十八の音韻が区別されていて、それに対応する仮名があったとも言われています。」(99頁)
 
 
 
 たとえば、次のような箇所は、不思議に思った。
○「日本語の横書き表記に関しては、東京女子大学の屋名池教授が面白い説を唱えています。昔の日本の額や看板の右から左への横書きは、横書きではなく一字ずつの縦書きであるというのです。」(93頁)
 この人の説?
 
○「旧文部省は「原音におけるトゥやドゥの音はトやドと書く」と定めて」(106頁)
 文部省が定めた??
 
○「「通り」は「とおり」か「とうり」かで迷った経験をお持ちの読者も少なくないでしょう。生徒も迷って教員室にやって来ますが、そんな時、大概の教員は文科省版の『現代かなづかいの要領』を引っ張り出して(下略)」(174頁)
 文科省版?
 『現代仮名遣い』ではなく、なぜ古い『現代かなづかいの要領』なのか???
 
 
●個人的にところどころ面白かった部分
○「知らぬが仏 → 死ぬから仏」(24頁)
○「SHINBUN」「これを外国人に示すと、彼らは発音するのに大変な苦労をします。」(102頁)
 
 
 

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2009年8月31日 (月)

野中広務・辛淑玉『差別と日本人』角川書店(角川oneテーマ21)(2009.6.10初版発行)

Dsc08241 政治家の書いた本は、これまで殆ど読んだことがないが、この本は、書店でたまたま見掛け、とりあえず読んでみようと思い、買った。
 
 野中広務と辛淑玉との対談である。
 
 読み始めると止まらず、一気に読み終えた。
 
 対談ではあるが、とても読みやすいように整理されている。
 
 「本書を通読することで、いまもまだ根強く残っている差別の実態が読者に伝わり、差別が少しでもなくなる方向に向かえばこんな嬉しいことはない。」(「あとがき 野中広務」197頁)
 
 裏表紙に書かれている文言を引用し、本書の概要を示す。
-------------------
 本書のテーマ 差別
 
 差別の実態を知る者が
 明らかにする日本の真実
 
 ▼昭和という時代と差別
 ▼自民党という不思議な政党
 ▼関東大震災における虐殺
 ▼部落差別は地域差別ではない
 ▼野中広務と共産党・解放同盟
 ▼麻生首相の暴言
--------------------
 
 
 
メモ書き
○「差別は、いわば暗黙の快楽なのだ。例えば、短絡した若者たちが野宿者を生きる価値のない社会の厄介者とみなし、力を合わせて残忍なやり方で襲撃する時、そこにはある種の享楽が働いているのだ。それは相手を劣ったものとして扱うことで自分を保つための装置でもあるから、不平等な社会では差別は横行する。そして、あたかも問題があるのは差別される側であるかのように人々の意識に根付き、蓄積されていく。
 時の権力は、権力に不満が集まらないようにするためには、ただ、差別を放置するだけでいい。そうすれば、いつまでも分断されたシモジモ同士の争いが続く。」(「まえがき 辛淑玉」 18頁)
 
○「一般に、日本の社会は、そのリーダーに政治的な思想性や時代に対する先見性を求めない。求められるのは、ムラの利益のために、けっして「恥を外にさらす」ことなく、かいがいしく人々の「世話」をしてまわることだ。そして、原理原則や公平さなどとは無関係に、とにかく「もめごとを処理する」こと。この延長線上に日本の政治がある。」(43頁 辛淑玉氏による解説)
 
○「差別したいとき、人々は、そのときの差別に都合のよい基準をもっともらしく設けて差別を繰り出す。」(70頁 辛淑玉氏による解説)
 「差別は、古い制度が残っているからあるのではない。その時代の、今、そのときに差別する必要があるから、存在するのだ。差別の対象は、歴史性を背負っているから差別されるのではない。」(168頁 辛淑玉氏による解説)
 
 
●「京都府議会議員」(2頁)
 「京都府会議員」(71頁)
  
 
 
 

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2009年8月24日 (月)

戸田忠雄『公務員教師にダメ出しを!』筑摩書房、2008.11.10初版発行

Dsc08076 「学校教育法など教育三法が改正され、学校の自己評価性が法的に義務化されました。それを活用して教員評価をするさい、それらの目安になるものが必要です。どういう基準で校長や教師を評価するのか。国民や保護者のみなさんに教員評価のモデルを提供したいという気持ちもありました。」(「おわりに」231頁)
 
 保護者・児童生徒による教員評価を行うべきだという主張及びその具体的なモデル(狛江市立第三中学校)を示すことが主眼であろう。
 
 前半は、教員評価が必要性を訴えるためであろう、教育現場の実態(特に、教員や校長)が描かれており、この部分は面白い。
 
 筆者は、公立高校長や予備校校長などを歴任しており、研究者というわけではなさそうだ。
 
 
○論理が理解しにくかったところ
「市場の評価(学習者の評価)は、内閣府の調査のように、塾・予備校教師のほうが教え方が上手という人が七割で、残念ながら塾に軍配が上がっているも同然です。こうした指摘に対し、学校はただ勉強を教えるだけではなく人間を育てていると反論する人が必ずいます。それなら塾や予備校は人間以外の動物、例えばブタやウシを育てているのか? という話になってしまいます。塾であれ、学力向上という目的のもとに人間を育てていることに違いはありません。」(44頁)
 
 
 
素直に感心したところ。
○「「よい先生」については、学習者によって見方が分かれます。理想の先生像は、学ぶ側からみればさまざまでしょう。ちょうど、国民からさまざまな個性の政治家が選ばれるようなものです。学習者にとってそれぞれの「よい先生」がいて、それでよいのです。」(112-113頁)
 
 
メモ書き
○「ダメな教師像の基本の三大類型は、サド系、セクハラ系、無能系です。」(114頁)
 
○「現代はコンプライアンス(法令順守、規範遵守)を厳しく問われる時代です。児童生徒に順法精神を教えるべき教師の違法行為は、断じて赦されません。」(122-123頁)
 
○「学力不足の教師は、ネズミを捕らないネコと同じです。」(129頁)
 
○「この種の教育実習に、小学校教育の欠陥が集中的に現れているような気がします。専科主義ではないので、教科内容の理解を深めるより教師としてのふるまい方と児童への接し方に特化することによって、教育実践の専門家として他の学問領域と差別化したいという意図がありありと見えます。
  この考え方の延長線上で、教育実践と称する実習を大幅に取り入れた教職大学院という新たな制度がスタートしています。これでは基本的に教師の学力向上はのぞめないような気がします。もちろん、すべての教育実習がこんなふうに行われるわけではありません。主として中高校免許の教育実習は母校で行うケースが多く、多くは授業内容の充実が主眼となっていると思います。授業技術や心構えを重視するやり方は、小学校免許取得の教員養成系に特徴的なもののようです。」(134頁)
 
○「齋藤孝氏は、勉強が好きで得意だから難関大学に入ったような学生が小学校の教員になれず、「勉強が苦手だったと思われる人が小学校教員になっているケースが、意外なほど多いのだ」から「極端に言えば、実際に採用するかは別として、東大や京大を出た学生にはフリーパスで小学校教員の資格を与えてしまってもいいと思っている。彼らは子どもの頃から勉強が得意で、勉強のコツを知っている」(『週刊ダイヤモンド』二〇〇五年四月九日号)と指摘しています。」(135頁)
 
○「つまり、管理職の主たる仕事は教師集団を通じて児童生徒を管理することです。子どもを教育することと教師を管理することは、まったく次元の違う事柄なのです。だから、教師として優秀だからといって、必ずしも教頭、校長など管理者として優秀であるとはかぎらないのです。」(152頁)
 「しかし、教師は子どもと違って主体性のある個人です。簡単に管理職の言うことを聞きません。また、つねに児童生徒たちに言うことを聞かせてきた大人たちです。言うことを聞かせたり自分に従わせる経験は豊富ですが、他人の言うことを聞いたり他人に従うことなど不得意なのです。同様に他人に命令することはあっても、命令されることなど大の苦手です。」(153頁)
 
○(会社では)「組織で仕事をする以上、否応なしに上司とのつき合いを学ぶことになります。いや、学ばざるをえません。他人に管理され、また他人を管理する難しさを身につけます。働くということは、つまりそういうことなのです。管理される者の苦労がわからない者に管理はできないし、また、管理するほうも苦労します。」(152-153頁)
 
○「むしろ、塾や家庭教師や予備校と比べて、学力指導では学習者の信頼を失ったせいか、学校は人間を育てるところと勝手に位置づけ、「人間教育」という理念にむやみに傾斜しているようです。」(180頁)
 
 
 

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2009年8月17日 (月)

三浦展『下流大学が日本を滅ぼす! ―ひよわな“お客様”世代の増殖』KKベストセラーズ(ベスト新書)(2008.8.20初版発行)

Dsc08240 大学全入時代が到来し大学生の質が極端に低下しており、日本の将来を危うくするので、大学生の数を減らすべきだということを、いろいろな側面から書いている。
 
 人を「バカ」呼ばわりする書き方は読んでいて不愉快になるが、ともかくも最後まで読んだ。
 筆者は、『下流社会』等の本を出した有名な人のようだ。
 「一流大学」出の人も、今では確かに「下流」の人もいるのかもしれない。
 
 「あとがき」には次のように記されている。
 「本書は、私が日頃大学や教育について考えていることを語りおろしたものである。実証研究ではないし、学問的論文でもないので、裏付けが不足していたり、推測や伝聞が多かったりするが、大筋としては現在の大学や教育の問題の本質をとらえていると思う。」(「あとがき」226頁)
 
 「学問的論文」でなくとも、本として出すのであれば「裏付けが不足していたり、推測や伝聞が多かったりする」のは問題であるような気がするが……。
 
 最後の章に「提言」としてネット動画を利用した「オンライン大学」というのを提案しているが、ここで挙げられた利点は、ずっと以前から存在する通信制大学や放送大学にも当てはまるのだが、それらについては一言も触れられていない。
 大卒の資格を取るのであれば、通信制大学や放送大学でも取れるのだが、なぜ多くの大学生は通学制の大学に進学するのか? それをしっかり検討すべきであろう。
 
 ところで、「語りおろしたもの」とあるが、後述筆記なのだろうか。確かに、非常に砕けた話し言葉のような文体である。
 
 
メモ書き。
 
○(文学部4年女性の談話)「高校が進学校だったので、大学に行かないことの方が、普通に大学に行くよりも大変だったんです。先生や親にかなり説得されるし……。だから、とりあえず受験して、大学生になりました。」(55-56頁)
 
◎「大学の先生の授業なんて面白くないのは当然で、それなら自分で本を読もうというのが普通なのに、授業が面白くないから文句を言うってのは、ちょっと大学生としてどうかと思うね。」(74頁)
 
○「そもそも自分の頭で考えられない学生を入学させたのがまずいと思うが、今の学生は自分の頭で考えようという態度が根本的に欠落しているんだろうね。どんな情報でもパソコンをクリックしていれば出てくる時代に育ったんだから、そうなるのは当然だろう。」(86頁)
   ネット検索が普及したのは、せいぜいここ10年。しかも、今の大学生が小学生のときから、ネット検索していたかどうかは大きな疑問。
 
◎◎「嫌なら来なくても結構っていう態度が大学には必要だと思うね。」(97頁)
 
○「たとえば、この『AERA』に出ている中外製薬の中堅社員研修の写真が面白い。新人にどんな言葉をかければいいのか、かけてはいけないかが書かれた紙が壁に貼られている。
  言ってはいけない言葉は、「使えねー」「ダメじゃん」「そうじゃなくて」「違う、違う、違う」「そこおいとて」「そんなことも知らないの」「何回も教えたのに」「そんなの関係ねえ」。逆に新人のやる気を高める言葉は、「たすかったー」「うまくできたね」「考えたねー」「よく知ってるね、さすが」「いいとこ気づいたね」「いい質問だね」「成長したなー」「素晴らしい」「完璧だね」「よく調べたね」などなど。」(110頁)
 
◎◎「抽象的なことが考えられる、自分の実体験だけじゃなくて、一般的、普遍的なことを考えられる。そういう人が大学で勉強すればいいのだし、大学が育てるべき人間はそういう人間だし、大学が入学させるべき人間の基準はそういう人間かどうかということだろう。」(123頁)
 
◎◎◎「本当は大学に進まずに、手に職をつけて働いた方が向いている人間まで大学に入れる必要はないんだよ。大学の延命のために、そうういう人間を大学に入れて、むしろ彼らの人生を台無しにしてるんじゃないかね? 親が自分の生活を犠牲にしてまで子どもを大学にやって、それでかえって子どもを駄目にしているんじゃないかね?」(196頁)
 
 
 

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2009年8月10日 (月)

田中克彦(著者)・安田敏朗/土屋礼子(聞き手)『言語学の戦後 田中克彦が語る①』三元社、2008.10.31初版発行

Dsc08075 「田中克彦先生に若手研究者がインタビューするというかたちで、田中先生がたどってこられた戦後の言語学に関するよもやま話をまとめて記録できたら、という企画」(「まえがき」i頁)から出来た本。
 この1巻は、「安田敏朗さん」に「国語学と言語学の研究を中心に」「インタビュー」(「まえがき」ii頁)してもらったものをまとめたもの。
 
 一応、「とても活字にはできないような内容を含んだ冗長な対談原稿を三元社の石田さんがばっさりと編集」(「まえがき」ii-iii頁)ということだが、なかなか文脈が辿りにくく、また予め当時の言語学や国語学の状況や知識また人間関係が分かっていないと、すんなりとは理解しにくいところが多い。
 
 
 「質問者によるあとがき  安田敏朗」に、「話の流れ」の「要点」が書かれている。
 「大きな目標:学問体系の生成過程。言語とはなにか。
  ①「戦後日本における言語学の状況」をめぐって
   →服部四郎論、時枝誠記論を媒介として、言語学論、国語学論へ。
  ②「天皇制の言語学的考察」をめぐって
   →亀井孝を媒介に、社会言語学論へ。
  ③「学問とはなにか、科学とは何か。」(190頁)
 さらに、
 「言語学、国語学あるいは社会言語学について知らない方が読んでも面白いのかどうかわからないが、ひとりの研究者がどのように格闘しながらその学問をつくりあげてきたのか、という過程を垣間見ることができる。」(192頁)
 というのは、まさにその通りであろう。
 
 本書の後半には、対談で取り上げられた「戦後日本における言語学の状況」(田中克彦著、『文学』一九六八年九月号)、「天皇制の言語学的考察」(亀井孝/寺杣正夫 『中央公論』一九七四年八月号)(亀井孝によるドイツ語原著、田中克彦翻訳要約、)、「言語学と言語的事実」(田中克彦著、『思想』一九七二年二月号)が収められている。
 
 
いつものメモ書き。
○「田中 (中略)つまり、あまりにもコントラストが強すぎなんだよ。服部さんとか、橋本進吉だのに対照させてみると、時枝さんはわりと俗っぽいんじゃない。国語教育学会とか、国語教育とか、そういう俗世のことにコミットしていくからね。それは、たぶん京城で培われたんだろうと思うんだよ。」(7-8頁)
 
○「田中 (中略)彼(引用者注:亀井孝)、一番論争したのはね、高島善哉(1904-1990)だと言っていた。勤労奉仕で教職員もイモ掘りに行ったそうだ。そんなとき高島善哉に、「あんたやってる実証主義は、学問じゃない」って。それで、「じゃあ、学問てなんですか」って言ったらね、高島善哉は、こう言ったんだって。「亀井君、学問マイナス理論が実証主義だよ」って。」(40-41頁)
 
○「田中 (中略)で、小林英夫って人は、翻訳ばっかりやってて。で、なんにもオリジナルがないとばかにする人がいるけど、亀井さんは、ソシュールの翻訳ではずい分協力したみたい。聞いてみるとほとんど共訳みたいなものだ。」(46頁)
 
○「安田 立場上発言は控えておきます。ただ言語社会研究科っていう名称から、学生が言語社会学というものがここにあるかのごとく錯覚しちゃうんですよ。名称というのは非常に深いものですからね。何もないんですよね。何があるんだろう。」(86-87頁)
 
●「言語学する」:「田中 (中略)ところが、言語学は、たいていのことで実験できないから、科学になる条件を奪われてるわけ。それで、なぜ実験できないかって言うと、これは人間の行為ってのは基本的に一回的、個別的なものでね。言語学する中で、この問題を持ち出したのはシュピッツアーの本ね、なんて題だったかな、『言語学における実証主義と観念主義』かな。」(95-96頁)
 
 
●(引用者注:発言者「田中」)「だから、言語学ってのはこういうふうに言えばいいと思う。人間のつくり出した文化を扱う科学の中で、最も自然科学になろうとして絶え間なく努力して来て、決してそうはなれないのに、自分が最も科学的な方法に基づいていると思い込んでいる科学であると、こう言えばどうなんだろう。」(98頁)
 
○「田中 (中略)言語に即して最もおもしろいのが規範の問題。「今のこの日本の最もいい文章を守る」とゆってる、文壇ボスともね。じつのところ彼らはそれによって言語的抑圧の根拠を作り出すという点で国家の手先だもんね。」(101-102頁)
 
●「田中 (中略)国語学という領域は学問的にだけではなく教育行政においてもすごい支配力を持ち、国の権威を背負った学問体系だからね。」(102頁)
 

誤植??
「田中 しないね。というもの、心底理解してあげるほどの体系性があるのかどうかね。」(9頁)
「思ちゃった」(36頁)
「田中 (中略)小平の土地を社会学部が全部貰ってね、あそこにすごいいい研究所つくればいいって、ゆった。」(84-85頁)
「レッテルにさえなったいる。」(130頁)
 
 
 
 


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2009年8月 3日 (月)

實吉達郎『動物故事物語 上』河出書房新社(河出文庫)1988年初版発行、實吉達郎『動物故事物語 下』河出書房新社(河出文庫)1988年初版発行

Dsc08082 単行本は、『動物故事物語』(河出書房新社、1975年)であろうが、文庫版の方には明示されていない。
 「下」の最終章に「新作ことわざ」があるが、これは単行本に記載されていたかどうかは不明。
 
 「上」のカバー裏に次のような紹介文がある。
 「動物と人間との関係は長くかつ深い。そして人々は、この関係の中から多くの諺や格言を生み出した。「イノシシ武者」「烏の行水」「犬猿の仲」「鴛鴦の契り」「鶺鴒原にあり、兄弟に急難あり」――などは、そのごく一部だが、いずれも、それぞれの動物の性質や生態の特徴を巧みにとらえたものであり、古人の観察眼の鋭さに驚く。われわれの言語生活に潤いとアクセントを与えるこれらの“文化遺産”は、永く継承されるべきものである。」
 
 「下」のカバー裏に次のような紹介文がある。
 「生き馬の目を抜く・二兎を追う者は一兎も得ず・馬の耳に念仏・飼い犬に手を噛まれる・金魚の糞・蛇の道はヘビ……日常会話や新聞・雑誌に登場する動物の故事や諺・格言は枚挙にいとまない。本書は、人間との深い関わりの中で生まれ、人の世の機微を巧みに言い当てた、動物にまつわる故事や諺・格言など一一〇〇余を取り上げ、それぞれの動物の生態や食性・習性などにふれながら、その意味や用法を説き明かした傑作である。」
 
 
 単に、故事や諺・格言の意味を羅列しているのではなく、エッセイ風の、楽しく読める読物として書かれている。
 
 「上」に取り上げられているの次の通り。
  蛇、竜、虫、魚、犬、兎、虎、猿、馬、牛、牛馬
 「下」に取り上げられているの次の通り。
  猫、獅子、狼、鳥、烏、鴛鴦、〓(いすか)・目白・〓(にお)、鵙、羊、鹿、鶏、鷹、小鳥、梟・時鳥・〓(しぎ)、雉・雁、雀、蜂、蛙、狐・狸・亀、鼬、豚、猪、鼠、象、麒麟、獏、豹・その他、新作ことわざ
 
 
 
 

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2009年7月20日 (月)

津田恒之『牛と日本人―牛の文化史の試み―』東北大学出版会(2001.9.4初版発行)

Dsc08081 「どのような動物として牛は日本に存在してきたのか、それを探ってみたのが本書である。」(「はじめに」11頁)
 
 目次をざっと見ると、
 「第Ⅰ章 ウシの出現と家畜化」
 「第Ⅱ章 日本のウシの始まり」(野牛の渡来と絶滅、和牛の祖先、わが国への家畜牛渡来のルート)
 「第Ⅲ章 牛の用途」(犠牲獣、役利用、乳牛と牛乳、肉食と肉牛、ふん尿の利用、と体から得られる多様な製品)
 「第Ⅳ章 神々と牛」(人と動物、牛と神道・仏教、牛と宗教と日本人)
 「第Ⅴ章 牛と人間のこれから」(クローン動物、環境問題、動物愛護など)
 「補論 牛のかかわるさまざまな話」(説話の中の牛、民話の中の牛、牛と民俗・文芸、牛と玩具、闘牛)
 
 内容としては、『和牛おもしろ雑話』や『うし小百科』と一部重なりはするが、より広範な内容を専門的、学術的、正確・詳細に記述している。
 
 著者は、家畜生理学の専門家で、「自然科学者」であるが、「日本人は牛をどのように使い、どのように考えてきたのかを調べてみたいと」思い立ち、停年後、文献を調べまとめたもの(「あとがき」より)だそうだ。
 
 「一介の自然科学者が人文学的な分野のことについて書くのは無謀に近いものであった」(「あとがき」273頁)とあるが、参考文献もとても充実しており、「人文学的な分野」では素人とは言いながらも、さすが「研究者」が書いた本だけあり、参考文献も充実しており、索引も付されており、しっかりした学術書と言えるであろう。
 
 
 
●メモ書き。

○「ウシは一日に六~一〇時間、平均八時間ほど反芻している。夜など暗く、静かな時間帯に反芻することが多い。反芻は睡眠(徐波睡眠)中にも生ずる」(28-29頁)
 
○「だ液分泌量は体重一キログラムあたり人間の約一〇倍である。一日量で人間は一~二リットルだが、ウシは一〇〇~一八〇リットルも分泌する。ヒトでは食事や何かを食べた時にだ液の分泌量が増すが、ウシはえさを食べたときも分泌は増すが、それ以外の時にも絶えず分泌されていて一日中、ときれることがない。ヒトのだ液はほぼ中性であるのに、ウシのはアルカリ性(八・一~八・八)である。この理由は、絶え間なく続いている反芻胃内の発酵で、揮発性脂肪酸が生成され、胃内容が酸性に傾くのを、アルカリ性のだ液を分泌して中和し、中性近くに保ち、発酵をうまく継続させるための仕組みである。」(30-31頁)
 
○「親牛は単なる愛情の表現としてだけでなく、ある実際的な目的のために子牛をなめていることになる。」(72頁)(牛の反芻胃の中のいる「プロトゾア」という原生動物は他の微生物とともに飼料を消化する役割を担っているが、体外ではすぐに死滅してしまうので、飼料や空気から体内に入ることはなく、親から移してもらうしか方法がない。)「親の口内にあった胃内容中のプロトゾアが、子に移り、飲み込まれ、子の胃内で増殖を始める。」(72頁)
 
○「牛は火を嫌い、火に敏感」(153頁)
 
○「牛一頭からのふん排せつ量は人間一九〇人分、尿は六人分、ふん尿合わせて計算すると三〇人分と換算されている。牛の総頭数五〇〇万頭を掛けると、一億五〇〇〇万人分という日本の總人口以上のふん尿が排せつされていることになる。」(188-189頁)
 
〔牛と説話〕
○「今まで述べてきた説話の中で、牛はさまざまな形で取り扱われている。前世の罪業の報いのために、現世で牛になり、苦しみを得て、やがて解放される牛(人)、仏の使いとして神聖な牛、生き物としての力強い牛、争う牛もいれば、あるいは食べられる牛、乳を出す牛の話も出てくる。外国にあるような、たけだけしい牛の話は、あまり出て来ず、湿潤な国土に住む日本人の感性を秘めた話が多いようである。」(216頁)
政府刊行白書、Yahoo!知恵袋、国会会議録、一般書籍からそれぞれ抽出したサンプル(8821件、約2400万語)の4種類のデータです。これらのすべてについて、著作権者から利用を許諾していただいています。

〔日本への移入〕
○「五世紀には牛が家畜として飼育されていた」(37頁)
○「縄文時代の後期、晩期(前二〇〇〇~前一〇〇〇年)に、日本に牛が居たことになる。ただし、これらの動物が家畜としての飼い牛であったか、野生のものかについては明らかではない。」(38頁)
○「最近の遺伝子分析の手法により、日本の在来牛の遺伝子構成を世界各地のものと比べてみると、インド系牛種より欧州系牛種にはるかに近縁であることがわかった。このことから西ヨーロッパから東北アジアにかけ、ユーラシア大陸中北部を東西にのびる原牛系の牛の飼育地帯から朝鮮半島を経て、我が国に牛が移入されたものであると考えることができる。」(40-41頁)
○「我が国への乳専用の乳牛の渡来は徳川吉宗の時代、享保十三年(一七二八)に、インドから白牛が輸入され、房州長狭郡細野村の嶺岡牧(現千葉県嶺岡)で飼育された。(中略)実際には当時、通商関係のあったオランダから輸入された乳用短角種ではないかとの説がある。(中略)一方、白黒の毛色のホルスタイン種はオランダが原産で、その最初の輸入は明示十八年(一八八五)とされている。」(75頁)
 
〔牛と食〕
○「(上略)正史である「日本書紀」が初代天皇の肉食を認めているのは重要であると強調している。これらの古文書から、我が国でもかなり古い時代から種々の階層の人々が牛肉を食べていたことが分かる。」(47頁)
○「日本人が明治維新前は肉食をせず、あるいは好まなかったのは、このような禁令による、あるいは宗教的な事情のみによるものではない。既に述べたように、風土的に牛を飼養しなくても必要な食料を生産できたし、かつ有畜農場を助長するような政策も執られなかったことによる影響も大きい。」(104頁)
 
 
〔牛の地名〕
○「北海道などに多く見られる「牛」のついた地名(妹背牛、伊香牛など)の「牛」は、アイヌ語の「……するところ」の意味である。妹背牛は「イラクサが群生するところ」、あるいは「草を刈るところ」であり、伊香牛は「越すところ」で、石狩川の渡河地点の一つである。東北地方にもある附馬牛、六角牛、切牛などの地名も、アイヌ語に由来する地名で、動物の「牛」とは関係がない(谷川 一九九八)。」(244頁)(「谷川健一、続日本の地名 岩波新書 五五九、岩波書店、一九九八」(282頁))
 
 
●誤植? 誤植ではないがなぜ旧字体?
「再ぴ」(28頁)
「總人口」(188頁)
「犬舍」(194頁)
「檢討」(200頁)
 
 
 
 

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«谷崎光『今日も、北京てなもんや暮らし』飛鳥新社、2009.5.20初版発行